教育ICTリサーチ ブログ

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CI×新渡戸文化学園 山本崇雄先生のインタビュー→アイデンティティの捉え直しについて考えた

 先週、小霜和也さんの『恐れながら社長マーケティングの本当の話をします。』という本を読んでいて、自分たちのアイデンティティの捉え方の話が出ていました*1

18世紀頃、米国に巨大な独占企業があったそうです。今で言うところのGAFAとか問題にならないくらい、市場を独占してたらしく。その会社は風車を作ってました。当時、米国の農業は風車が動力源で、ほとんどの農家に風車を提供してたそうです。今はもう存在していません。産業革命で、動力源が風や水から石炭、そして石油へと移行し、農家も風車を使わなくなったからです。でももしその企業が自分たちのアイデンティティを「風車を作る企業」ではなく、「農家に動力を提供する企業」と考えていたら?21世紀でも立派に生き残っていたかもしれません。

逆の例で面白いのはルイ・ヴィトンでしょう。ルイ・ヴィトンさんは製材所の息子です。木にめっぽう詳しかったらしく、「木箱」作りを生業としていたんですね。当時の主な移動手段は馬車でした。馬車だと、荷物を入れるのは木箱でいいんです。その頃はどの都市も馬だらけで、馬糞で都市が埋めつくされるぞと真面目に議論していたそうです。そこに、機関車というものが登場します。機関車に積む荷物は小さくて積み上げられるケースに入れる必要があります。今で言うところの「トランク」です。この時代の変化を敏感に察知したヴィトンは、木を捨て去るんですね。自分の会社のアイデンティティを「木の性質を熟知した木箱メーカー」から、「どんな交通機関でも便利・安全に荷物を運べるトランクメーカー」に変更したわけです。この時の彼の決断がなければ今、ルイ・ヴィトンというブランドは存在していないでしょう。(p.214-215)

 この話を読んだ次の日に、新渡戸文化中学校の2年生の教室で、SPL(Self Paced Learning)の授業を見学しているときに、山本崇雄 先生からAirDropで教えてもらって、東洋経済education×ITのインタビュー記事を読みました。
 この日の教室でのやりとりで、生徒が持ってきた課題の直しを受け取るときに、山本先生は「可能性のかたまりだよ、これは。楽しみしかない」と言葉をかけていました(これはまたきっと授業レポートで書きます)。こうした言葉をかけてもらった子どもたちは、どんな気持ちがするだろう、と思いながら、その様子を見ていました。これも、「課題の直し」をどう捉えるか、という話だな、と感じました。
toyokeizai.net

 家に帰って、Facebook東洋経済education×ITの記事を紹介する山本先生のFacebookのエントリーを読みました。そこでは、学習指導案について書いてありました。

僕は日本の授業を変えていくには、今日本中で作られている学習指導案の書式やお作法をやめないといけないと思っています。ほとんどの指導案は教師目線で書いていく書式になっていて、整えれば整えるほど、授業の多様性や柔軟性は奪われ、取り残される子どもたちが生まれます。本音では指導案はなくなった方がいいと思っているのですが、どうしても指導案を書かなければいけない時は、書く順番を変えてみるといいと思います。普通、左から「教師の指導」→「生徒の活動」の順で書くと思いますが、これを逆にして、「生徒の活動」→「教師の支援」という順番にするだけで、生徒視点で授業を考えることができます。これさえ、許さない管理職や指導主事がいたとしたら、その理由を僕は知りたいです。

 自分で、自分を「どういうもの」と規定するかによって、新しい可能性が開けることもあるし、逆に可能性を閉ざしてしまうこともあるな、と感じました。僕は仕事のなかで学習指導案(略案ですが)を書くこともあります。一度、山本先生がおっしゃるように、「教師の指導」→「生徒の活動」ではなくて、「生徒の活動」→「教師の支援」の順番で書いてみようかな、と思いました。
 学習指導案アイデンティティを捉え直すことは、授業のアイデンティティを捉え直すことになり、それは学校のアイデンティティを捉え直すことに繋がるように思います。自分の周りの小さな範囲でも、やっていこうと思います。

 よく教員研修をするときに、「デジタルはあなたにとってどんなものですか?」という問いかけをしているのですが、それもまた、アイデンティティの捉え直しだな、と思いました。何かここにも繋げられるのではないかな、と感じました。

blog.ict-in-education.jp


(為田)

*1:本筋ではコーポレート・アイデンティティの話だったのですが、まあそれはおいておいて