教育ICTリサーチ ブログ

学校/教育をFuture Readyにするお手伝いをするために、授業(授業者+学習者)を価値の中心に置いた情報発信をしていきます。

鶴見俊輔を読んで考えた:「具体的なことに固執する」「言葉をお守り的に使ってはいけない」

 大学生の頃にものすごくはまって読んでいた鶴見俊輔の論考集『日本思想の道しるべ』を図書館で見つけたので読みました。
 いろいろな言葉を見つけて、とても楽しかったのですが、そのなかで「いま自分がしている仕事にも同じことが言えそうだな…」と思ったところを紹介したいと思います。

「事例を知っていること」がすごいのでなく、「具体的なことに固執する」のがすごいのだ

 ここで紹介したいのは、「日本の折衷主義」(初出:『近代日本思想史講座 第三巻』筑摩書房、1960年5月)で書かれていた、新渡戸稲造論の一節です。台湾総督 児玉源太郎のもとで新渡戸稲造が技師として働いていたときのことが書かれていました。

新渡戸の頭脳は先進国における事業人たちの成功例をかぎりなく豊富に貯蔵していた。状況の必要におうじて、この貯蔵庫の中から、さしかえ提案をつぎつぎに出してゆくのである。それらをとるかどうかは、一段階上の官僚の実行力にまかされた。
例からしか説けないという思考方法は、新渡戸に学者にはめずらしく、事業人たちとしたしくつきあうことを可能にし、つきあいをとおして世界各国の事業人たちから世間智をひきだしてきて頭に貯蔵しておくことを可能にした。そして、その世間智が多くは当時の先進国であるヨーロッパから得られたということが、新渡戸の提案を進歩的なものであるかに見せたが、しかし、具体的なものに固執するというその思考方法において新渡戸はマンハイム Mannheim(1893-1947)の定義した「保守主義的思考」にぴったりとあてはまる。マンハイムによれば、保守主義的思考は、状況から抽象した理論体系をとおして未来を考えてゆくことをきらい、状況内で実現された具体的なものに固執する。こうして新渡戸の思想は、進歩主義のうわべをもちながら本質的には保守主義的思考として、主体本位の折衷主義よりは状況本位の折衷主義へと近づいてゆく。(p.97-98)

 新渡戸稲造は優秀な技師で、先進国の成功例をたくさん知っていて、それを状況に応じて現場に応用していったことが書かれています(新渡戸稲造にはこういう面もあったのですね…)。
 そして、新渡戸稲造のすごいところは、「先進例を知っていること」ではなく、「具体的なものに固執する」ということだと書かれています。

 この「先進事例を知っていること」がすごいのでなく、「具体的なことに固執する」のがすごいのだ、という言葉は、いまの自分の仕事にも大きく響く言葉でした。僕は、たくさんの先生方の授業を参観させていただいています。僕は、ただたくさんの授業事例を知っているところで留まってはだめで、具体的なことに固執することが大事だな、と思いました。
 先進事例をそのまま「やり方だけ」真似てもダメなのです。目の前の子どもたちに合っているのか、先生が実現したい授業に合っているのか、そこにこだわることが僕にとっての「具体的なものに固執する」ということだと思いました。

大事な言葉をお守り的に使ってはいけない

 鶴見俊輔の文章をひさしぶりに読んで、いろいろと調べていて「言葉のお守り的使用」ということを言っていることを思い出しました。
 鶴見俊輔は「言葉のお守り的使用法について」という論考の中で、言葉が「お守り」のように機能し、言葉が深い意味を伴わずに単なる形式的なものとして使われることへの警鐘を鳴らしています。

 僕がいま仕事をしている教育業界でも、言葉をお守り的に使用しないように気をつけなければいけないと思っています。
 僕は、「主体的・対話的で深い学び」も「個別最適な学び」も「協働的な学び」も「自由進度学習」も、とてもいい考え方だし、本当に好きです。みんなで目指すに値する理念だと思っています。
 でも、これらの言葉を無批判に「お守り」みたいに使われている場面も残念ながらけっこう見ます。大事なのは、「いま目の前の子どもたちに、どういう学びの環境を作るのか」という具体的なことに固執することだと思っています。

 うちの会社が行動指針としている「Help Schools Become Future Ready」も同じです。お守り的にこの言葉を使うのではなくて、具体的であることに固執していきたいと思います。具体的であることに固執して、学校の先生方をサポートしていけるように、自分たちを磨き続けていこうと思っています。

(為田)