橘玲 公式BLOGに掲載されていた、「マイナ騒動は「老人ファシズム」である 「紙の保険証残せ」はエセ正義」を読みました。
紙の保険証とマイナ保険証のことが書かれている文章なのですが、是非読んでみていただきたいです。社会をどんなふうにしていきたいのか、ということをきちんと言語化して、社会全体でコンセンサスをとっていかないといけないのだ、ということを感じました。
そして、この話は保険証の話だけではないぞ、と。社会のあちこちで進められているDXの話でも、同じようなことが言えるところはあるのじゃないか…?と思いながら読みました。
「どんな社会を作っていきたいか」「どんな社会を作っていかなくてはならないか」ということをしっかり語ってほしいです。「便利だから変えます」とかじゃないんだ、ということなんだと思います。
中学校や高校の授業で、こういうことをテーマに話し合ってみることで、中学生や高校生が「どんな社会を作っていきたいか」を考えるときにデジタルを組み込んで考えられるようになるのではないかと思います。
そういう世代を増やしていかないといけないし、そのためにデジタルでどんなことができるかを授業などで体験しておかないとダメだろうと思います。「え、これなんで手作業でやるんですか?」と疑問をもつ人を社会に増やしたいです。
転載元は『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』とのことですので、こちらも読んでみたいと思います。
(為田)
