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ひとり読書会:『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』

 マシュー・サイドの『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』を読みました。最近、自分で授業を設計するときに、「失敗するのをものともしないマインドをもってもらいたい」とか「失敗から学んで次に繋げる体験をしてもらいたい」ということを思っています。
 『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』は、企業の組織論についての本ですが、サブタイトル「失敗から学習する組織、学習できない組織」を「失敗から学習する人、学習できない人」と読み替えて、カリキュラム作りの参考にしたいと思って作った読書メモを共有します。

失敗の科学

失敗の科学

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失敗は大事。そのためには、失敗できる場と試行錯誤が必要。

 この本にはたくさんの「失敗」の事例が紹介されているのですが、冒頭で病院で起こった事故と航空機で起こった事故を比較しています。

肝心なのはふたつの事故の類似点ではなく、相違点だ。最も大きな相違点は、失敗後の対応の違いにある。医療業界には「言い逃れ」の文化が根付いている。ミスは「偶発的な事故」「不測の事態」と捉えられ、医師は「最善を尽くしました」と一言言っておしまいだ。しかし航空業界の対応は劇的に異なる。失敗と誠実に向き合い、そこから学ぶことこそが業界の文化なのだ。彼らは、失敗を「データの山」ととらえる。(p.40-41)

 失敗を「データの山」ととらえられるかどうか、ということについては、プログラミングの授業を教えているときによく思っています。「うまくいかなかった」で終わらせずに、「じゃあ、どうしたらいいのか?」を考えられるようになってほしいな、と思っています。

 「失敗を避ける」ために、失敗を受け入れて、対応するためのシステムが大事だ、ということも書かれていました。このあたり、学校というよりは、会社などの組織でよく見られるような場面だと思います(耳が痛い…)。

社会的な上下関係は、部下の主張を妨げる。権威ある者に対して、我々は「控えめな表現」を使うことが多い。まさか上司に向かって、「月曜の朝の会議には絶対に出てもらいます!」とは言えないだろう。実際には「お忙しかったら結構なのですが、もし30分でも月曜の朝の会議に出ていただけますと大変助かります」と言えればいい方だ。こうした控えめな表現は普段のコミュニケーションを円滑にするかもしれないが、ジャンボジェット機が燃料切れ寸前で大都市上空を旋回しているときには、大惨事を招きかねない。
病院の手術室でも同様だ。看護師のジェーンは、問題の解決方法に気づいて気管切開キットを準備していた。あのとき彼女がもっと大きな声を出せなかったのは、上下関係に配慮したからであって、患者を思う気持ちが足りなかったからではなかった。
問題は当事者の熱意やモチベーションにはない。改善すべきは、人間の心理を考慮しないシステムの方なのだ。(p.46-47)

 ユニリーバがノズルの改良に取り組んだときに、いかに失敗が大事かがわかった、という例が紹介されていました。こういう体験を学校でできればいいな、と思っています。

ユニリーバは、ほとんど破れかぶれで自社の生物学者チームに助けを求めた。もちろん、生物学者たちは流体力学についてほとんど何も知らない。相転移にいたっては、それが何なのかさえ見当がつかない。しかし彼らにはもっと価値ある知恵があった。「成功と失敗の関係性」を深く理解していたのである。

生物学者チームはまず、目詰まりするノズルの複製を10個用意し、ひとつずつわずかな変更を加えて、どんな違いが出るかテストしてみた。つまり、あえて「失敗」した。「ノズルを伸ばしたり、短くしたり、大きな穴や小さな穴を開けたりしました。内側に溝を掘ったこともあったかもしれません」とジョーンズは当時を振り返る。「しかし、そのうちひとつが小さな結果を出したんです。ほんの1、2%なんですが、オリジナルのノズルより生産性が向上しました」
そこで今度はその「成功」モデルを基準にして、また少しずつ違う変更を加えた型を10種類作ってテストした。その後、チームは同様のプロセスを何度も何度も繰り返した。こうして45世代のモデルと、449回の失敗を経て、チームは「これだ!」というノズルにたどり着いた。それまでよりはるかに効率のいいノズルの誕生だ。
進歩や革新は、頭の中だけで美しく組み立てられた計画から生まれるものではない。生物の進化もそうだ。進化にそもそも計画などない。生物たちがまわりの世界に適応しながら、世代を重ねて変異していく。最終的に出来上がったノズルは、どんな数学者も予測し得ない形をしていた。(p.150)

 大事なのは、試行錯誤だと思っています。プログラミングの授業であったり、プレゼンテーションなどの活動であったり、もしかしたら動画編集などでもいいのですが、とにかく試行錯誤をたくさんできる場面が学校で作れたら、こうした体験を擬似的にできるのではないかな、と思います。

本書はここまでで、失敗から学ぶにはふたつの要素がカギとなることを見てきた。ひとつは、適切なシステム。もうひとつは、その適切なシステムの潤滑油となる、マインドセットだ。
(略)
失敗からうまく学んでいる組織は、どこも例外なく、ある特定のプロセスを実践している。実はこのプロセスは、自然界、科学界、人工知能の世界などさまざまな領域で見られるため、分析の素材には事欠かない。
ユニリーバの一件は、このプロセスの鏡と言えるだろう。ノズルの開発を通して生物学者のチームが我々に教えてくれたのは、試行錯誤の力だ。(p.151)

完璧主義から逃れたい

 失敗から学習できない組織は、そもそも失敗をしたがらないことが多いと思います。そのひとつの理由として、「完璧主義」が紹介されています。完璧主義は、学校という場では子どもたちの「間違えたくない」という気持ちと繋がっているので、完璧でありたいと思いすぎて、できないくらいなら何もしない、という感じで立ち止まってしまう子どもたちが多くいます。こうした傾向も減らしたいと僕は思っています。

完璧主義の罠に陥る要因はふたつの誤解にある。1つ目は、ベッドルームでひたすら考え抜けば最適解を得られるという誤解。この誤解にとらわれると、決して自分の仮説を実社会でテストしようとしなくなる。ボトムアップよりトップダウンの方式に重点を置くと生まれやすい問題だ。
2つ目は、失敗への恐怖。ここまで見てきたように、人は自分の失敗を見つけると、隠したり、はじめからなかったことにしたりする。しかし完璧主義者はいろんな意味でさらに極端だ。失敗をなくそうと頭の中で考え続け、気づけば「今欠陥を見つけてももう手遅れ」という状態になっている。これが「クローズド・ループ現象」である。失敗への恐怖から閉ざされた空間の中で行動を繰り返し、決して外に出て行こうとしない。(p.168-169)

犯人探しをしてもしかたない

 失敗してしまったときに、あれが悪い・これが悪い、と「犯人探し」をしても意味がありません。これも「失敗から学ぶ」機会を作るときには大事です。教室で子どもたちがした失敗にどんな言葉をかけるか、ということと繋げて考えたいと思いました。

責任を課すことと(不当に)非難することはまったく別だ」と、世界的に著名な人間工学の専門家シドニー・デッカーは言う。「非難すると、相手はかえって責任を果たさなくなる可能性がある。ミスの報告を避け、状況の改善のために進んで意見を出すこともしなくなる」
問題が単純なら、非難にも効果があるかもしれない。注意を怠ったために起こるミスなら、罰則を強化すればミスを減らすこともできるだろう。
しかし、ビジネス、政治、航空、医療の分野のミスは、単に注意を怠ったせいではなく、複雑な要因から生まれることが多い。その場合、罰則を強化したところでミスそのものは減らない。ミスの報告を減らしてしまうだけだ。不当に非難すればするほど、あるいは重い罰則を科せば科すほど、ミスは深く埋もれていく。すると失敗から学ぶ機会がなくなって、同じミスが繰り返し起こる。その結果、さらに非難が強まり、隠蔽体質は強化される。(p.253-254)

失敗の捉え直し

 この本を通じて、「失敗からいかに学ぶか」ということが書かれているのですが、成功した人たちが、「失敗から学ぶ」くらいではなくて、「失敗が欠かせない」くらいの評価をもっていることが書かれていました。これ、けっこう違いが大きいんだろうなと感じます。

成功を収めた人々の、失敗に対する前向きな考え方にはよく驚かされる。もちろん誰でも成功に向けて努力はするが、そのプロセスに「失敗が欠かせない」と強く認識しているのは、こうした成功者であることが多い。(p.290)

 失敗から学ぶことが大事、というのは、「成功するまでやり続ければ失敗じゃない」みたいなことにすり替わることもありそうですが、そうではない、ということも書かれていました。

現代社会における問題のひとつは、「成功は一夜にして生まれるもの」という幻想が広まっていることにある。しかし現実には、成功はそんなに簡単に手に入らない。フリーキックを極めるにも、軍の士官になるにも、極めて長い時間がかかるのはここまで見てきた通りだ。だが、それゆえに成長型マインドセットについては大きな誤解がつきまとう。成長型マインドセットの人は、無理なタスクにも粘り強くがんばり続けてしまうのではないか?達成できないことに取り組み続けて、人生を無駄にするのではないか?
しかし、実際はその逆だ。成長型マインドセットの人ほど、あきらめる判断を合理的に下す。ドウェックは言う。「成長型マインドセットの人にとって、『自分にはこの問題の解決に必要なスキルが足りない』という判断を阻むものは何もない。彼らは自分の“欠陥”を晒すことを恐れたり恥じたりすることなく、自由に諦めることができる』彼らにとって、引き際を見極めてほかのことに挑戦するのも、やり抜くのも、どちらも成長なのだ。(p.300-301)

 このあたり、なかなか難しいな…と思って読んでいたのですが、「失敗を認めて、諦められる」というのはたしかに大事ではありますね。こういうのもなかなか学校の授業では伝えるのは難しいだろうか…。むしろ、部活であったり授業外の活動でのほうが、こうしたことを子どもたちが感じる場面は多いかもしれません。

 参考文献を見ていたら、気になるペイパーが出てきました。タイトルは「IQ(知能指数) 対 RQ(合理性指数)」ですね。

New Paper from Mauboussin: IQ versus RQ, Differentiating Smarts from Decision-Making Skills
hurricanecapital.wordpress.com

 「やりきれ!」という根性論でもなく、合理的に考えてさっさと諦めてしまう感じになるのでもなく、バランス良く判断できるようになるにはどうすればいいのかな、と気になります。勉強したいと思います。

かつて米第32代大統領夫人、エレノア・ルーズベルトはこう言った。「人の失敗から学びましょう。自分で全部経験するには、人生は短すぎます」(p.41)

 まったくそのとおり。どんどん失敗から学んでいきたいです。


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 マシュー・サイドの著書は、2年前に『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』を紹介していました。今回は、それに続いて2冊めとなります(出版は『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』の方が前ですが…)。

blog.ict-in-education.jp

(為田)