TED代表・キュレーターのクリス・アンダーソンの著書『利他はこうして伝染する』を読みました。日本語の副題は「小さな1歩を大きなうねりに変え、優しさが活きる世界をつくる」で、そのためのキーワードが「利他の伝染」となります。僕は学校という場所の大きな意義のひとつは、他の誰かから思考や行動などの姿勢や熱意などが「感染」することだと思っています。それに近い、「利他の伝染」というキーワードに興味をもちました。読書メモを共有します。
序章で、いまの時代だからこそ、利他の伝染性はポテンシャルを発揮する、ということが書かれていました。
利他の伝染性がポテンシャルを発揮するための重要な要因が2つある――人間の本質と、現代世界のネットワークだ。誰しも心の奥深くに持っているのに見過ごされている本質が、ネットワークでつながることによってどのように利他の連鎖反応を生み出すかを、この後の章で示していこう。さらにこうしたさざ波効果が、どのようにインターネットによってターボチャージされ、世界を変えるほどのインパクトを持ちうるのかも示したい。
もちろんインターネットは、ソーシャルメディアのミームからバイラルマーケティングまで、ありとあらゆる伝染を可能にすることで知られている。人間はウイルスのように、インターネットの伝染力を媒介する存在だ。言葉や画像は、鼻や肺で増殖する代わりに、脳に働きかけて「いいね」や「シェア」のボタンを押させる。
残念ながら、オンラインで拡散する伝染の多くは健全なものではない。人をスクリーンに張り付けておこうとする広告主導のビジネスモデルにあおられ、ソーシャルメディアのプラットフォームは、インターネットを「怒り生成マシーン」に変えてしまっている。互いの最良のところではなく、しばしば最悪のところばかりが目に入り、分断は深まるばかりだ。
この問題に真正面から取り組もうと思う。私も大勢の人たちと同じように、インターネットを「人を結びつける力」として思い描いていた。そしてこの夢をあきらめるつもりはない。もっと健全なインターネットを取り戻す道があり、そこでは「伝染する利他」が重要な役割を果たすと信じている。(p.4-5)
この箇所には「健全なインターネットを取り戻す ― AI時代に待ったなしで取り組むべきこと」とも書かれていました。インターネットは良いことばかりでなく、利他よりもずっと多く誹謗中傷も伝染しているじゃないか、と思う人もいると思います。それはそれで事実です。でも、それを変えていかなくてはいけない、とも思います。これは、子どもたちとソーシャルメディア、インターネットとの関わりを考えるときにも重要な点だと思います。
この本では、以下の2つが「補い合うテーマ」となっていて、さまざまな事例が紹介されていきます。著者のクリス・アンダーソンが広げたTEDを考えると、この2つのテーマも納得させられるような気はします。
本書には、2つの補い合うテーマがある(p.5)
- インターネットは利他をターボチャージできる
- 利他はインターネットを変えることができる。
インターネットで世界中がつながっているからこその利他
インターネットで世界中がつながって(しまって)いる現代が「果てしなく広い村」と書かれていて、かつての小さい共同体と比較して書かれていました。このあたりの話は、「デジタルあしあと」とかと絡めて子どもたちにも伝えたいな、と思います。
評判は常に、無意識のうちに行動を規定してきた。私たちの祖先が暮らしていた小さな共同体では、欲深いとか信用ならないという評判をとるわけにはいかなかった。すぐに社会的に孤立し、短く悲しい人生という結末になっただろう。
社会が発展して、より大きく匿名性の高い町や都市に住むようになると、行動を隠しやすくなり、他者からの承認にあまり依存しない人々も出てくる。ペテン師、詐欺師、ヤマ師は大してとがめられることもなく、小さな町から町へと渡り歩いた。利己的な行為や犯罪を犯しても、究極的な社会的代償を支払わずに済むこともあっただろう。
だが、ネットワークでのつながり方が止めどなく増えていることで、ゲームのルールは再び変わった。何百ものインターネットサービスがさまざまな方法で私たちの評判を記録・監視している。私たちが書いたものや創り出したものについて、地球の裏側にいる人が誰かに話すことがありうる。透明性が高まったため、悪行のリスクが上がる一方、正しいことをすれば報われることも増える。今や、あなたの行いを知るのは自分の村の人だけではない。全世界が知るのだ。(p.51)
オンラインコミュニティでの負のリスクについても書かれています。これはこれで、もちろん考えないといけないことです。
オンラインでの晒しは人を自死においやりかねない。また、政府や企業が私たちの行動を知ってそれを悪用し、私たちを操作しようとする危険もある。
だが、こうした負の側面があるかもしれないとはいえ、インターネットで評判の重要性が増していることは、全体としては善の原動力になると私は言いたい。(p.53)
ネットワークでつながる現代において、利他が伝染していけるロジックが3つの特徴でまとめられています。3つの特徴はどれも、「デジタル」「インターネット」と重ねて考えるべきものです。
では、これまで見てきた3つの特徴をまとめてみよう。
- 非物質的なものが私たちの生活でますます重要な役割を果たしている。
- そうしたものを無限の規模で提供することが簡単にできる。
- みなが見ている――つまり、何かを提供する行為は、現代の最大の通貨である「評判」に無限のインパクトをもたらす。
この3つの組み合わせを見ると、個人も組織も、将来利他が果たしうる役割を強化したいと考える理由が浮かび上がってくる。これらの原則がそろえば、ネットワークでつながる私たち現代人にとって、利他についてまったく新しい方法で考える機会と義務が生じるからだ。利他を単に気高い行為として考える必要がなくなり、基本的な戦略として考えることが可能になる。
それでも「利他」と「戦略」という言葉を並べるのはやはり気が引ける。利他とは心からのものであって、計算して行うものではないはずだ。この2つの折り合いをどうやってつけられるだろうか?(p.57)
学校だからこその、利他の伝染もあるかも?
利他が自然に伝染しうる方法について書かれていました。全面的に「そうだそうだ」と賛成はできないのですが、希望がもてるな、と思ってメモしました。
利他が自然に伝染しうる方法はほかにもある。利他の受け手ではなくても、単に他者の利他的な姿を目にするだけで、自分も何かを与えたいと触発される可能性があるのだ。人間の特徴はすべて、ある程度はそういうものだ。私たちは互いに大きく影響し合っている。ニコラス・クリスタキスらの研究は、人のネットワークを通じて行動が劇的に広がることを示している。友だち――とその友だち――の間で特徴的な振る舞いが見られれば、自分もそう振る舞うようになりやすい。だが利他の場合、社会心理学者ジョナサン・ハイトの言う「道徳的高揚(モラル・エレベーション)」によって、その効果が増幅される。誰かが第三者に対して良い行いをしているのを目にすると、私たちは実際に物理的な影響を受ける――心の温まる高揚感を抱き、自分も見習いたいという気持ちが湧き、それによって優しさの連鎖反応が起きる可能性が生まれるのだ。(p.82-83)
ここで書かれている「他者の利他的な姿を目にする」場として、学校や教室が機能したらいいなと思います。授業だけでなく、課外活動や部活動でも、利他的な学友の姿を見ることで「自分も見習いたいという気持ちが湧」くというのは、学校というコミュニティでこそ起こってほしいなと思います。
本のなかでは、Life Vest Insideというグループの「Kindness Boomerang(やさしさのブーメラン)」という動画が紹介されていました。
そこで思い出してほしい――私たちのいる世界では、動画は無料で無数の人とシェアできる、ということを。これは有望なことではないだろうか?(p.83)
この動画を見て、「利他的であろう」と思うかというと、そこまではちょっと僕は思えなかったですけど(笑)、でも動画やエンタメ作品などでフィクションでもいいから「利他的な行い」を見る場面が増えて、だんだん自分が変わっていく、というふうになってほしいと思っています。
学校だからこその「利他の伝染」ってどういうことができるかな、と考えてみようと思いました。
(為田)
