教育ICTリサーチ ブログ

ICTを教育にどう活用できるか、現場目線でリサーチします。

書籍ご紹介:『暴走する能力主義 教育と現代社会の病理』

 中村高康『暴走する能力主義 教育と現代社会の病理』を読みました。ハッシュタグ「#暴走する能力主義」をつけて読書メモをつけていたので、ここでとりまとめます。

暴走する能力主義 (ちくま新書)

暴走する能力主義 (ちくま新書)


なぜ人々は「新しい能力を求めなければならない」という議論を渇望するか、についての答えを導く5つの命題(p.47-48):

  1. いかなる抽象的能力も、厳密には測定することができない。
  2. 地位達成や教育選抜において問題化する能力は社会的に構成される。
  3. メリトクラシーは反省的に常に問い直され、批判される性質をはじめから持っている(メリトクラシー再帰性
  4. 後期近代ではメリトクラシー再帰性はこれまで以上に高まる。
  5. 現代社会における「新しい能力をめぐる論議は、メリトクラシー再帰性の高まりを示す現象である。

 学習指導要領を読んでいると、「とてもいいことが書いてある」と思う反面、そんなに学校の先生に背負わせていいのだろうか…と思うこともあります。どうしてそういうことになるのか、ということを考えるひとつのきっかけになるかと思います。また、新しく身につけさせたい能力やスキルが出てくると、これまでの教育が全部ダメだったかのように書かれることが多いですが、決してそんなことはないと思っていたので、そういう視点でも読んでいて非常に勉強になりました。

 「認知能力よりも非認知能力の方が重要だ」という言説もよく見られますが、非認知能力についても言及されています(Twitterだとスレッド表示になって読みにくいので、引用します)。

「教育関係の文章をよく読む人ならば、「非認知能力」も、キー・コンピテンシー同様に、業界の流行語であることに気付いていることだろう。その一つの大きなきっかけは、アメリカのノーベル経済学賞受賞者、ジェームズ・J・ヘックマンの研究であった。」(p.224)

「その肝のところだけ簡略化していえば、学力に代表される認知的能力だけではなく、肉体的・精神的健康や根気強さ、注意深さ、意欲、自信といった非認知能力も、子どもの将来の成功可能性に影響するということ、そしてそれは幼少期の環境が重要」(p.224-225)

ヘックマンの議論に異を唱える経済学者もいる。「教育の経済学的研究で著名な赤林は、幼児教育無償化の議論でしばしばその根拠にヘックマンが用いられることについて、「米国と日本の社会的背景の違いを無視した暴論」だと指摘している。」(p.225)

「赤林によれば、ヘックマンの主張は、五〇年前の米国で、教育環境が悪く、教育機会にめぐまれない就学前の子どもに、質の高い教育を施したときの効果の測定結果に基づいており、ほとんどの人が幼児教育(保育所を含む)を受けている日本の現状とは条件が違いすぎる」(p.225-226

「私も、赤林の批判に説得力を感じる一人である。そして、ヘックマンの主張が幼児教育への投資だけではなく、非認知能力の重要性を訴えるものである以上、そちらについても批判的検討が必要であると考えるのである。」(p.226

「なぜなら、私には非認知能力の強調それ自体が、メリトクラシー再帰性現象のように見えてしまっているからである。(略)非認知能力というのは、それ自体を単純に取り出してしまえば、本書で再三指摘してきた抽象的能力そのものだからである。」(p.226

「心理学者の遠藤利彦による研究報告書では、非認知能力に関する心理学的研究のレビューがなされているが(遠藤 2017)、これを見ると非認知能力にほぼ対応するものがすでに心理学によって分厚く議論されてきたことがわかる。」(p.226

「同時に、非認知能力という概念は幅が広く曖昧であり、必ずしも「能力」とはいえないようなものも含みうる概念であることも指摘されている。こうした指摘を見ても、非認知能力は本書でいうところの抽象的能力なのである。」(p.226-227)

「現代において語られる抽象的能力は、しばしば、かねてから認識されてきたような陳腐な能力論に陥りがちであり、また仮にそうでないとしても実際に測定することは必ずしも容易でない能力であることがお多い。」(p.227)

「ここでもキー・コンピテンシーと同じ問題が起こっている。すなわち、非認知能力は、新しい時代に対応した未知の能力なのではなく、昔から実生活の中で重視されてきたごく普通の能力が、焼き直されてきたにすぎない可能性である。」(p.228)

「そして、そうした非認知能力的なものは、多くの場合、どの国の教育政策においても無視されてはおらず、程度の差はあれ、すでに教育課程のなかに組み込まれていたりする。」(p.228)

 「メリトクラシー再帰性」というキーワードです。これは、「メリトクラシーは反省的に常に問い直され、批判される性質をはじめから持っている」というもの。この観点をもって、新しく必要とされる能力について、しっかり考えていかなければならない、ということが示されます。

 子どもたちが10年後、20年後に、自己実現ができるように、幸せに生きられるように、どんな能力を身につけさせて学校から社会へ送り出せばいいのか、ということを考える際の考えるポイントを与えてくれる本だと思います。

(為田)

教材で使えるかも?:ニュージーランドのAI政治家 SAMから考えるいろいろ

 ニュージーランドにAI政治家がいる(ある?)と聞いて、検索してみました。AI政治家の名前はSAMと言います。
www.politiciansam.nz

 サイトにアクセスしてみると、「SAY HELLO TO SAM」というリンクがあるので、クリックしてみました。すると、チャット画面が表示されます。
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 ニュージーランドについていろいろと質問をしてみようと思いましたが、ちぐはぐな感じの英会話に…。いろいろな質問をして、ニュージーランドについての語彙や表現をどんどん学習していく、ということなのかと思います。
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 ネットをよく使う人たちから語彙を学習していくとすると、おそらく不偏不党な感じにはならなそうな感じではありますが、こうした政治形態についてどう思うかなど、ディスカッションのきっかけになるかもしれないと思いました。

 東浩紀さんの書いた『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』のことをちょっと思い出しました。

 政治関連のアプリでは、最近は、PoliPoliなどもインストールしてみました。政治×テクノロジーについては、いろいろと考えたいと思いながら、手が回っていないところです。社会科の先生方と一緒に勉強したいです。

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(為田)

【メディア掲載】月刊私塾界 2月号発刊

 月刊私塾界 2月号がオフィスに届きました。スペシャルレポートとして、「私塾界 PREMIUM SEMINAR 2018」の様子が掲載されています。
 当日、会場にいたのですが、特に第2部のパネルディスカッション「『未来の教室』が描き出すこれからの教育」がおもしろかったです。パネリストとして経済産業省 教育産業室 室長の浅野大介 氏、文部科学省 初等中等教育局 視学官の安彦広斉 氏、千代田区麹町中学校 校長の工藤勇一 氏、探究学舎 代表の宝槻泰伸 の4人、モデレーターとして公益社団法人国学習塾協会 会長の安藤大作 氏が登壇しました。
 私塾界のセミナーだからこその、公教育と民間教育との関係などにも話が展開して、非常におもしろかったです。
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◆ ◆ ◆

 また、為田の連載も掲載されています。第47回、11月から12月の記録です。
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(為田)

書籍ご紹介:『大人のための世界史入門 教養のグローバル・ヒストリー』

 北村厚『大人のための世界史入門 教養のグローバル・ヒストリー』を読んだ。著者の北村さんは、もともと高校の先生だったそうです。「おわりに」から、この本が生まれた経緯の部分を抜粋します。

 本書を書こうと思ったきっかけは、高校教師をしていた二年前、ふと思いたって自分の知る世界史教科書とは違う教科書を手にとったことだった。
 その教科書には、ほんとうにこの内容を高校生に教えても大丈夫なのだろうかと心配になるくらい、最新の歴史学の研究成果がおりこまれ、遊牧民の興亡や海域アジアの「大交易時代」、ヨーロッパ中心主義を相対化するさまざまな知見などが大胆に構成にくわえられていた。
 いまの教科書はこんなに進んでいたのかと驚くとともに、そうした進歩を知らずに十年一日のごとく同じようなプリント授業をしていた自分を恥じた。ときあたかも高大連携の歴史教育改革が聞こえはじめたころでもあり、さっそく現行教科書七冊をそろえて研究を開始した。
 あたらしい知識がどんどん増えていくとともに、次第にそれぞれの記述が結びつき、ひとつのストーリーになるような感触があった。古代から現代まで連綿とつながるひとつづきのグローバル・ヒストリーを書くことができるかもしれない。そう思うといてもたってもいられず、さっそく夢中で書きはじめた。これ本当に楽しい作業だった。(p.323)

 日本史、東洋史西洋史を垣根を越えて結びつけて考える記述が非常におもしろかったです。「ユーラシア・ネットワーク」、「大交易時代」、「世界の一体化」などの新しいキーワードを知ることができました。専門家がするような説明ではなく、世界史の教科書に出ている記述を再構成して説明されているのもとてもいいと思いました。新しい世界史を読むことができたように思います。

 15世紀「琉球とマラッカが結ぶ海洋ネットワーク」の記述でマラッカと琉球の地理的な重要性なども出ていました。Google Earthマラッカ海峡から琉球の方へ抜けていくところを、ぐるぐる回しながら見て、実際にそこを通るような気持ちをもって読みました。
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 それぞれの国の歴史に分断しないで、どんなネットワークがあったのかを考えるときに、Google Earth見ながら読み進めるのは非常によかったように思います。


(為田)

授業で使えるかも?:グラミー賞でのカミラ・カベロのメッセージ「Build Bridges No Wall(壁ではなく橋を作ろう)」

 2019年2月10日に行なわれた第61回グラミー賞授賞式のオープニングでパフォーマンスをしたカミラ・カベロのステージで、ラテン系シンガーのリッキー・マーティンと一緒にパフォーマンスしている途中に、「Build Bridges No Wall(壁ではなく橋を作ろう)」というメッセージを伝えていた、というニュースを聞いた。
 実際に、パフォーマンスの動画を見てみると(こういうのがすぐに見られるの、本当に素晴らしい)、ステージで共演するJ・バルヴィンが読んでいる新聞の見出しに大きく出ているのですね。
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 こうしてエンターテイメントの中に、メッセージを届けていく方法が、とても好きです。こうしたことに興味を持っていない人たちにも届く可能性があるから。アーティストの方も、そうした可能性を知っていて、こうしてメッセージを発している、どれくらいのバランスでやるかが難しいところだとは思いますが、とても重要なことだと思います。
 いまの日本の高校生が、カミラ・カベロをどれくらい聴いているのかわからないですが(こないだ、ミュージック・ステーションに出ていたのは見たので、知っている人は知っているのかな?)、知っているアーティストがこうしたメッセージの発信をしていることは、政治へのコミットメントの仕方として、ひとつの事例として説明したりできないかな、と思いました。
www.youtube.com

Havana

Havana

 ちなみに今回のグラミー賞授賞式、オープニングではアリシア・キーズ、ミシェル・オバマレディ・ガガが並ぶなど、本当にすごいな、と。
www.youtube.com

 グラミー賞については、誰が受賞するか、誰がパフォーマンスするか、ということを知ると、楽しみ方が少し変わってくるかもしれません。
miyearnzzlabo.com

(為田)

袋井市立三川小学校 「未来の教室」実証事業 公開授業レポート No.2(2019年1月25日)

 2019年1月25日に、袋井市立三川小学校にて行われた、「未来の教室」実証事業の公開授業を見学させていただきました。公開授業後には、研究協議会が三川小学校の図書室で開催されました。
 経済産業省 教育産業室長 浅野大介 氏をはじめ、袋井市教育委員会凸版印刷株式会社 教育事業推進本部からも多くの参加者が参加しました。

 協議会の最初に、経済産業省の浅野さんからのコメントがありました。

浅野さん: ペースを⾃分で作れるということに満⾜感を持っている⼦どもが多かった。⾃分のペースでやれる⼦がいることがいい。⼿が⽌まっていない。ずっと話を聞いている時間がなくなり、考えている時間が増えていると感じた。想定していた通りで、おもしろいなと思った。
 その⼀⽅で、ここから先のところで、先の⽅へ進んで別の教材をやっている⼦がいて、究極系は、それぞれの⼦がやっていることはバラバラになることも出てくる。そのときにも、単元ごとのIDがふられていて、指導要領ベースで横串を刺して、「どういう問題をやっているか、どうやって間違えたか」ということを先生が理解できる、究極の個別化も視野に⼊れていくと、⼦どもたち⼀⼈⼀⼈の学びの 個別化が実現できるのではないかと思った。そうした授業は、先⽣⽅から⾒てどうでしょうか?というのを教えてもらいたい。
 最後に大堂先⽣がおっしゃっていた、「⾃分が解けたからいいというわけじゃないでしょう?まわりを助けに⾏って」という⾔葉がよかった。個別化と学び合い。社会の⼀員なんだから、困っている⼈がいたら助けに行こう、という規律のところ。そこを組み合わせられれば、可能性が広がるな、と思った。

 「やった先⽣の気づきというのを教えてほしいです。どういう試⾏錯誤があって、どういう気づきがあって…」というのを聴かせてください、と言う浅野さんに、大堂先生は以下のようなコメントをされました。

大堂先生: やったことがない新しい教材、やったことがない授業スタイルへの挑戦のなかで、⾃分の授業を⾒直すことができた。多くの課題、気づき、今まで当たり前にやっていたことについても、悩む部分もあった。
⾃分が授業をやっている肌感覚としては、⼀⻫授業の従来型とタブレットの個別学習では、タブレットを使って、⼀⼈⼀⼈が確実に学⼒をつけていくのを⾒ながら45分⾒続けるのはパワーがいることだと思う。⼦どもたちも同様だと思う。1時間⽬は、「どう使うの?」というところがあったが、適応してくると、特にこちらが教えなくても、どんどん使えるようになっていく。想定以上に2回⽬、3回⽬、と操作についての労⼒、時間はどんどん短縮されていった。45 分間の授業が終わった後、⼦どもたちが「ふー」となっていた。脳が汗をかいた感覚がある。密度の⾼い学習をしたのだということがわかった。そこが新鮮だった。
 教科書を使った授業の⽅が楽だったと思う。⾃分の指⽰で、それを聞いて、板書して、問題を解いて…という⼀定の流れのなかで、全員を⾒とって次に進んでいく、ということをしていたんだな、と思う。多少、遅れている子がいても、授業計画もあるし…と進んでしまっていたように思う。そこは、実践をして気づいた反省点だった。
 ノートに記述するところとタブレットに記⼊するところの区別については、これまでの授業スタイルでは、説明→板書→発問というふうに進んでいく。タブレットだと個別に進むので、学習規律が確⽴されていない状態になっている。書くべきものは何か、ということは、ノートでもタブレットでも変わらない。そこを⼤事にしなければならない、ということに気づけた。

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 今回の実証事業について、どのような形で授業を行っていくかは、袋井市教育委員会・三川小学校・凸版印刷で試行錯誤をしてきました。そのことについての話題となりました。

大堂先生: 最初の提案は、スタートは揃えるが、習熟度に合わせて行けるところまで進んでいい、完全個別化・最適化というものだった。そこから、⼩単元ごとに分ける、というふうになるが、現場の先⽣⽅から「それでも難しいのではないか?」という声があった。最終的には、実態にあった形で、45分間のなかで個別化をするというふうにした。授業の前に、現場からの危惧が出たときに、学校の現場に合わせるように対応してもらえた。
 具体的な現場からの危惧としては、「A層がすごく早く終わった時に、そのあとどうしているのか?」「単元計画は、D層に合わせてやっている。早く終われば、残りの時間はどうするのか? 」「それに対して教師は対応できるのか?」というようなことだった。そこに対してどのようなイメージをもっていくのか、ということに学校側としては限界が あった。

浅野さん: オリジナルのプランは、どんどん⾏っちゃいなさい、というふうだった。現場で先⽣が「これだったらいけるかも」と思って変えたのは、スマートな解だったと思う。本当は、「早く終わった⼦はどうするんだ?」ということに対する解を⽤意していく、ということだと思う。学校という空間のなかで、完全な個別化というのはどう実現できるのか。

 この議論の流れのなかで、「アダプティブな学習を進めていくなかでは、公教育のなかでは“公正に個別最適化されている”ということが⼤切だと思う。個⼈のスピードでなんでもいい、というふうにはならず、 ある程度の枠が必要ではないか」というコメントも出ました。この点は、今回の実証研究のなかで公立小学校としては唯一の実証校である三川小学校でのこの実証授業終了後も、引き続き議論をしていくべきことだろうと感じました。

 一方で、アダプティブな学習を行うことによる利点として大堂先生は、以下のような観点もコメントしていました。

大堂先生: 教室だと刺激が多すぎて学習が進まなかった児童が、いちばんに終わるというケースもあった。⼀⽅で、⼀⻫授業のときにとてもよくできていた⼦が、時間がかかるケースもある。観察してみると、慎重に時間をかけて学んでいる。そういう児童もいる。慣れてくると習熟までの時間が短くなると考えている。
 現状は、暗中模索しているので時間がかかっていると思うが、通常授業でも板書計画や準備や発問なども準備しているので、授業準備の時間はあまり変わらない。学習スタイルが定着してくれば、教師は格段に楽になるのではないかと思う。

 実際に、袋井市教育委員会・三川小学校・凸版印刷三者で、児童にとってよい授業になるように質を落とさず、新しい授業スタイルに挑戦することは、「アダプティブな学習」「学びの個別化・最適化」「学び合い」について、多くの気づきを生んでいたように思います。もう1単元、「割合」でも、新しい試みを三川小学校と挑戦していくこととなっていますので、そちらもまたレポートできたらと思います。

(為田)

デジタルハリウッド大学「あなたが今、18歳だったら。」

 2019年2月14日の日経新聞に、デジタルハリウッド大学が一面広告を出していました。
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 Webでも見ることができます。とてもデジハリらしい、素敵な広告だと思いました。
www.dhw.ac.jp

 タイトルは、「あなたが今、18歳だったら。」です。一節を引用したいと思います。

AI、VR、5G。
IoT、ロボティクス、ブロックチェーン
世界の議論の最先端は、デジタルがベースだ。
そして、どうやら最先端は、あっという間に当たり前になりそうだ。


デジタルは、もはや基礎だ。あらゆる学問や産業の基礎だ。
そして、コミュニケーションは、いつまでも基礎だ。
いくら時代が進もうと。人間が人間であり続ける限り。


(略)


でも、アートも、サイエンスも、やる。
デザインも、エンジニアリングも、やる。
デジタルとコミュニケーションを理解し、
具体化するために必要なことは、ぜんぶ、やる。

 こうしたメッセージを、学校現場で言える先生がたくさん増えてくれるといいな、と思います。今日は、山形県天童市寺津小学校で、天童市教育委員会主催の「第二回 ICT教育機器活用研修会」に講師にお招きいただきました。多くの先生方にご参加いただき、ICTを活用して授業をどう変えていけるか、という話をさせていただきました。この広告のことを、最後に絶対紹介しようと思っていたのに、忘れてしまいました。

 でも、この「デジタルは、もはや基礎だ。」というのは、本当にそう思います。だからこそ、子どもたちに、デジタルを使って学ぶ力、表現する力、人と繋がる力、そういういろいろな力を手にしてほしいと思っています。そうした未来に必要な力を教えるのは、教育の仕事だと思っています。

 自分たちの信じる方向へ、また歩みを進めていきたいと思います。

(為田)