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書籍ご紹介:『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断“をする方法』

 医師でありジャーナリストでもあるアトゥール・ガワンデさんの著書『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断“をする方法』を読みました。「失敗が起こるのは怠慢のせいでも努力不足のせいでもない。失敗を起こさないためにチェックリストを作り、使うことだ」とチェックリストの意義を伝える本でした。

 序章で、私たちが何かをできる領域では、失敗の原因は「無知」と「無能」の2つだけと書かれていました。歴史上、人類はどんどん知識を得て「無知」による失敗を減らしてきました。
 「無知」が原因の失敗が減った結果、より重要な問題になってきた失敗の原因は「無能」です。「無能」は訓練や練習で解決することがある程度できますが、それでも失敗は起きてしまいます。そこで、失敗を防ぐためにどんなチェックリストがあるか、どうやってチェックリストを作るのか、ということをいろいろなエピソードを通じて知ることができます。

失敗を防げて、ちゃんと使われるチェックリストを作りたい

 この本では、医療現場や航空機業界でのエピソードが多く書かれているのですが、僕の仕事に近いところで言うと、学校にもチェックリストは存在しているのではないかと思います。チェックリストには、良いチェックリストと悪いチェックリストがある、ということが書かれていましたが、参考になるところがあるでしょうか。

良いチェックリストもあれば悪いものもある。悪いチェックリストというのは曖昧でわかりにくい。長すぎて使いにくく、実用に適さない。現場を知らないデスクワーカーによって作られる。彼らはチェックリストを使う人たちは馬鹿だと思い込んでいるから、全ての手順を細かく書き出そうとする。脳を活性化させるのではなく、眠らせてしまうようなチェックリストを作ってしまう。
一方、良いチェックリストは明確だ。効率的で、どんなに厳しい状況でも簡単に使える。全てを説明しようとはせず、重要な手順だけを忘れないようにさせる。なにより実用的であることが良いチェックリストの条件だ。
だが、どんなに良いチェックリストにも限界がある(略)熟練者が複雑な工程の管理や複雑な機械の設定をするのを手伝うことはできる。やるべきことの優先順位を付けたり、チームワークを高めるきっかけを作ることもできる。でもチェックリストを渡しただけでは誰も使ってくれない。(p.139)

 最後にある、「でもチェックリストを渡しただけでは誰も使ってくれない」のところで、大きく頷く人は多いのではないでしょうか。

 チェックリストを作るときのポイントも書かれていました。こうして言語化されると次に作るときの参考になります。

チェックリストを作るにあたって決めなければならないポイントがいくつかある。まず、いつチェックを行うか、つまり一時停止点をはっきり決めないといけない。警告灯の点灯やエンジンの停止などのように、それが明らかな場合もあるが、そうでない場合ははっきりさせておく必要がある。また、「行動のち確認」のチェックリストにするか、「読むのち行動」のチェックリストにするかも決めなければならない。前者では、まず各自に知識と経験を元に仕事をしてもらう。そして一時停止点に到達したら、なすべきことが全てなされたかをチェックする。後者では、確認しながら順番に手順をこなしていく。料理のレシピなどは後者にあたる。
チェックリストは長すぎてはいけない。原則として項目の数は5個から9個にしておくと良い。人間の脳が一度に保持できるのもそれくらいだと言われている。だが(略)これは絶対に守らなければならないわけではないそうだ。
「20秒しかない場合もあれば、数分の猶予がある状況もある。そのチェックリストが使われる状況に合わせて作ればいい」(p.142)

 「行動のち確認」のチェックリストと、「読むのち行動」のチェックリストがあるというのは、言われてみれば納得する分類です。
 僕は業務上何かを遂行するためのチェックリストというのは使っていないのですが、「この日にやるべきことを逃さない」ことを目的にチェックリストを毎日使っています。ToDo管理アプリのTodoistにやるべきことを全部入れておいて(〆切があるやつもないやつも含めて)、それを見ながら毎朝「今日やるべきこと」を紙の手帳に書き写して、できたものを消しています。そういう意味では、僕がしているのは「読むのち行動」のチェックリストなのかな、と思いました。

todoist.com

 医療現場と航空機パイロットがチェックリストを使っているエピソードが多く紹介されているなかで、彼らのプロフェッショナリズムが含んでいる要素が書かれていました。もちろん学校の先生もプロフェッショナルなので、参考になるところがあるかもしれません。

どの専門職にもプロフェッショナリズムというものがある。その職務の理念と義務をまとめた、行動の規範だ。どこかに書かれている時もあるが、共通意識として存在しているだけの場合もある。いずれにしろ、プロフェッショナリズムには三つの要素が必ず含まれている。
第一に無私であること。医師、弁護士、教師、公務員、兵士、パイロットなど、どの職業であれ、他人から責任を預かる者は、自分の利益よりも頼ってくる者の問題や心情を考えるべきだ。第二に腕があること。技術と知識を日々研鑽することが求められている。第三に信用に足ること。自分の職務に誠実な態度で臨む必要がある。
航空業界の人々は、そこに四つ目を加えた。規律だ。よくできた手順には絶対に従うこと。必ず他者と協力しあうこと。医療を含む、他の多くの業種では考えられないようなことだ。医療では自主性こそがプロの証だと考えられているが、自主性は規律の対極にある。だが、大きな病院、何人もの医者、リスクの大きい治療法、そして一人ではとても習得しきれない膨大な量の知識を要する現代医療では、個人の判断に任せるのは愚策だ。古い価値観にしがみついていては良い医療は提供できない。時々思い出したように「仲良く協力しあいましょう」と言っているようでは駄目なのだ。本当に必要なのは、絶対に協力しあうという決まりを作り、常にそれに忠実であることだ。
規律に忠実でいるのは難しい。信用に足ることや腕があることなどより難しく、もしかすると無私でいることよりも難しいかも知れない。人間というのは誤りやすく、気まぐれな生き物なのだ。食事の間につまみ食いすることさえ自制できないことも多い。私たちは新しくて刺激的なことには飛びつくが、細部まで丁寧に目を配るのは面倒だと思ってしまいがちだ。私たちが規律に忠実でいるためには、意識的に努力する必要があるのだ。(p.209-210)

 チェックリストが何度も改訂しなければならない、ということも書かれていました。作ったチェックリストが「失敗を回避する」ことが目的だったはずなのに、「チェックリストを使う」ことが目的になってしまうことも多くあるような気がします。常に改訂していくことが大事だと思います。

無論、チェックリストは、業務の邪魔になってしまうような、融通のきかない義務であってはいけない。どんなに単純なチェックリストでも、何度も改訂して洗練していく必要がある。航空機メーカーが作るチェックリストには、必ず作成日が記されている。常に変わっていくものだからだ。チェックリストは私たちを補佐するためのものだから、その目的にそぐわないものは不要だ。だが、私たちを手助けしてくれる良いチェックリストは、受け入れていくべきだ。
私たちはコンピューターを積極的に受け入れてきた。自動化することでミスを減らせるという期待を込めて導入し、計算、データ処理、記録保存、データ送信など、多くの業務から私たちを解放してくれた。テクノロジーは私たちの可能性を広げてくれる。だが、何でもできるわけではない。不測の事態を解決すること、不確実性に対応すること、高層ビルを建てること、手術で命を救うこと、などはできない。また、テクノロジーによって仕事がより複雑になったとも言える。今までのやり方に新しい要素が加わることで仕事が複雑化し、今まではなかったタイプの失敗にも対応しなければならなくなった。
現代の人々は様々なシステムに頼っている。システムとは、人、テクノロジー、または両方の集合体を指すが、それらをうまく機能させるのは本当に難しい。例えば、患者に最高のケアを提供するためには、私自身が努力するだけでなく、その他の多くの要素が効果的に連携しなくてはならない。(p.211-212)

 本を読んでこうして読書メモをまとめていくと、この本にはチェックリストの作り方のノウハウが直接的に書かれているわけではないことがわかります。でも、巻末に「チェックリスト作成のためのチェックリスト」もついているので、それを見ながら自分が使うチェックリストや、プロジェクトチームで使うチェックリストを作ってみたいと思います。

おまけ(デイビッド・リー・ロスもチェックリストを使っていた!)

 さまざまなエピソードが紹介されている中で、ロックミュージシャンのデイビッド・リー・ロスの「楽屋に用意するもの」リストの話が出ていました。この話は有名で笑い話として知っていたのですが、馬鹿げたリストが作られた理由はすっかり忘れていて、「おおー」と思いましたので紹介します。こういう使い方もあるのか!と驚きました。(やるじゃないか、デイビッド・リー・ロス!)

ある日のラジオで、ロックミュージシャンのデイビッド・リー・ロスの逸話を聞いた。ヴァン・ヘイレンのボーカルを務める彼は、コンサートの契約書に「楽屋にボウル一杯のM&M'sチョコレートを用意すること。ただし、茶色のM&M'sはすべて取り除いておくこと。もし違反があった場合はコンサートを中止し、バンドには報酬を満額支払うこと」という事項を必ず含めるそうだ。実際、ロスが茶色のM&M'sを見つけてコロラド州でのイベントを中止したこともある。一見、有名人にありがちな理不尽なわがままに聞こえるが、詳しく聞いてみると見事な方策だということがわかった。
ロスは自伝の『クレイジー・フロム・ザ・ヒート』でこう語る。「ヴァン・ヘイレンは、地方の巡業に巨大セットを持ち込んだ初めてのバンドだった。それまでは多くても三台と言われていた中、機材を満載した大型トラック九台で各地を回った。梁が重量を支えきれなかったり、床が沈んでしまったり、ドアが小さすぎて機材を搬入できなかったりといったトラブルも多かった。スタッフや機材の人数が多いので、契約書は電話帳並に分厚かった」その契約書に試金石としてM&M'sの項目を入れておく。「そして、もし楽屋で茶色いM&M'sを見つけたら、全てを点検しなおすんだ。すると必ず問題が見つかる」それが命に関わることだってある。コロラド州のイベントでは、興行主が重量制限を確認しておらず、セットは会場の床を突き破って落ちてしまうところだった。(p.93-94)


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(為田)