教育ICTリサーチ ブログ

学校/教育をFuture Readyにするお手伝いをするために、授業(授業者+学習者)を価値の中心に置いた情報発信をしていきます。

『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』 ひとり読書会 まとめ

 C.M.ライゲルース、B.J.ビーティ、R.D.マイヤーズ『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』をじっくり読んで、Twitterハッシュタグ#学習者中心のID理論とモデル 」を使って、ひとり読書会を実施したのをまとめておこうと思います。
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 第1章から最後の第15章まで、2ヶ月ちょっとかけて読み切りました。ひとり読書会というふうにしたから自分も完走できたように思います。ふりかえって読み直したいところもたくさんあります。テーマごとに、読み返すようになるのだろうなと思います。

(為田)

書籍ご紹介:『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』

 丸幸弘+尾原和啓『ディープテック 世界の未来を切り拓く「眠れる技術」』を読みました。プログラミングやPBL(プロジェクト学習)をするならば、テクノロジー周りの話題は豊富な方がいいと思い、リバネスの丸社長が書かれたこの本を手に取りました。

 「はじめに」のなかで、尾原さんがテクノロジーについて以下のように書かれていて、難しい面もあるものの、自分も基本的にはこちらの考え方を持っていたい、とは思っているなあ、と思いながら読みました。

テクノロジーは人を不安にする存在ではない。
テクノロジーは世の中の格差を助長するものではない。
テクノロジーは人と人の隔絶を作り出すものではない。


人とテクノロジーの関係に誤解が生じている今、改めてテクノロジーの本質を見つめ直すときが来ています。誰一人取り残さず、持続的に人類が発展を遂げていくためにテクノロジーは存在しています。社会の課題をどう解決していくのか、社会にどう貢献していくのか。(p.5)

 この本で紹介されている、ディープテックとは、「ディープテックとはテクノロジーを使い、根深い課題を解決していく考え方、もしくはその活動を指す。」(p.14)と書かれています。
 そのうえで、ディープテックの定義づけもされています。

ディープテックの定義づけ(p.16):

  1. 社会的インパクトが大きい
  2. ラボから市場に実装するまでに、根本的な研究開発を要する
  3. 上市までに時間を要し、相当の資本投入が必要
  4. 知財だけでなく、情熱、ストーリー性、知識の組み合わせ、チームといった観点から参入障壁が高いもの
  5. 社会的もしくは環境的な地球規模の課題に着目し、その解決のあり方を変えるもの

既存技術、つまりは古ぼけていたり眠っていたりする技術でも大いに役立つケースがたくさんある。知財のみならず、情熱やストーリー性や知識の組み合わせといった観点からも参入障壁が高く、既存の産業を破壊せず、むしろ活気づけるものだと考えている(p.17)

 ディープテックは、テクノロジー(ツール・アプローチ)と分野(領域・課題)の掛け合わせで分類されますが、起点になるのは「課題」なので、複数のテクノロジーが用いられることもあるといいます。

ディープテックにはどのような領域が存在するのだろうか。基本的にはテクノロジーと分野に大きく分かれる。テクノロジーは、AI/ビッグデータ、バイオ/マテリアル、ロボティクス、エレクトロニクス、センサー/IoT(インターネット・オブ・シングズ)などだ。一方、分野はアグリ(農業)/フード(食料)、エコ(環境)/エネルギー、ヘルスケア(健康)、メディカル(医療)、マリン(海洋)/スペース(宇宙)といった領域だ。この掛け合わせによって、ディープテックのエリアは多様に広がる。
ただ、重要なのは「どういった課題を解決するのか」を起点としている点だ。単なるテクノロジー×分野ではなく、課題解決のために複数の異なるテクノロジーを掛け合わせていくのがディープテックといえる。(p.35)

 日本は課題先進国である、ということはよく言われます。その日本では根深い課題もたくさん存在していますし、そこをテクノロジーで解決していくというのは、プログラミング教育のひとつの出口として目指すべきものではないかと思います。地域の課題を洗い出し、地域の核として学校が機能してそこでプログラミング教育などをはじめとして問題解決型の「ものづくり」ができるようになる、というのは一つの形として目指してみたいと感じました。そのときに、このディープテックという考え方は親和性が高いのではないか(ディープだから難易度は高いとは思うものの)、と思いました。

(為田)

教材として使えるかも?:デジタル公開されている波紋三集・「新形小紋帳」を模様作りの参考に

 Twitterに流れてきた、スミソニアン図書館のサイトで閲覧可能な明治時代の波紋集と、大英博物館のサイトで閲覧可能な葛飾北斎の「新形小紋帳」を見ました。単純な模様なのに、すごく美しい。それぞれ、スミソニアン図書館と大英博物館の該当ページへのリンクも貼られています。

 ちょうどいま担当している授業で、小学校1年生にコンピュータのコピー&ペーストを教えるために、簡単な図形を作ってそれをコピー&ペーストで増やして組み合わせてもようをつくるという活動をしているのですが、次回の授業でこのスミソニアン図書館の画像を見せてみようかな、と思います。
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 「シンプルな図形を組み合わせていろいろと模様が作れる楽しさ」というのも知ってほしいですが、その裏側で「昔の本をこうして全ページ、インターネットで見ることができるのってすごい」ということを知ってほしいと思います。1年生じゃまだ全員はわからないかもしれないですが、でも、何人かには届くかもしれない。「形を組み合わせるとおもしろい!」と思ってもらえるだけでもいいのです。そう思って、いろいろなスイッチを押してあげたいと思うのです。
 いろいろな模様を作りながら、知らないうちにコピー&ペーストのやり方も憶えるし、マウスを使ってのクリック、ドラッグなども、なかなか小学校1年生では難しいのですが、慣れていくこともできます。

(為田)

授業で使えるかも?:代替肉開発スタートアップ ネクストミーツ株式会社

 先日、J-WAVEのラジオ番組「INNOVATION WORLD」で、代替肉開発スタートアップのネクストミーツ株式会社の代表取締役 佐々木英之 さんが出演していたのを聴きました。
 番組のなかで、「ネクスト牛丼1.2」とバージョンナンバーがふられた牛丼が紹介されていました。「ネクスト牛丼1.2」は、2020年9月28日に販売開始された、世界初となる代替肉レトルト牛丼だそうです。

 ネクストミーツ株式会社のサイトには、「代替肉で地球の未来をつくる」と書かれています。

代替肉で地球の未来をつくる
地球環境の悪化と人口爆発による食糧危機への対策として
我々ができることは、食肉を減らすということ。
ネクストミーツ株式会社は、地球の未来をより良くするため
「代替肉・植物肉・人工肉」に着目し、その研究開発を行なっています。

nextmeats.co.jp

 ネクスト牛丼をみんなで食べてみて、「実はこれは代替肉ですよ」ということを考えたり、学校の授業でやってみたいと思いました。SDGsへのアプローチにもなるし、課題解決型の授業の題材として非常に重要だし、プロジェクトベースでも授業ができそうだと思いました。何はともあれ、一度食べてみたいな、と思います。

(為田)

『デジタル社会の学びのかたち Ver.2』 ひとり読書会 No.4「4章 アメリカにおける学校教育の発達」

 A・コリンズ、R・ハルバーソン『デジタル社会の学びのかたち Ver.2 教育とテクノロジの新たな関係』をじっくり読んで、Twitterハッシュタグ#デジタル社会の学びのかたち」を使って、ひとり読書会を実施したのをまとめておこうと思います。

 「4章 アメリカにおける学校教育の発達」を読みましたので、興味深かったところのメモを貼っていきます。アメリカにおける学校教育の変化の話がメインですが、日本と近いところもたくさんあります。

 章の始めからなかなかすごい言葉でスタートしました。それでも学校がすべきこと、学校にしかできないことは残ると僕は思っていますが、学校以外の場での学びが増えてきていて、学校の機能は変わっていくべきだ、とは思います。より細かく言えば学校という場がもつべき機能/もっておいてもいい機能、学校というシステムがもつべき機能/もっておいてもいい機能が再定義されればいいと思います。かつては学校という場でもっていなくてはいけなかったことが、テクノロジーによっていまは学校がもたなくてもよくなった、というものもたくさんあると思います。そうした再定義が起こることで、いい意味で、ここに書かれている「長い間続いた学校教育と学習とを同一視する見方は廃れ始めていく」という方向へ進めばいいな、と思います。

 かつては公教育のシステムそのものがなかったわけで、教育の構造的変化ははじめてではない、というふうに書かれています。では、いまの公教育制度はどんなニーズに答えるべく生まれたのかを知っておくことで、さっき書いた、学校という場がもつべき機能/もっておいてもいい機能、学校というシステムがもつべき機能/もっておいてもいい機能の再定義ができるのではないかと思います。


「公教育制度を構成するさまざまなピースが、直面した問題に対して自然な解決策だった」(p.72-74)

  • 出席の義務づけ
    • 公教育制度が強力に推進。アメリカでは、多くの人が教育を受けていない状況と、多くの新しい移民の問題に直面していた。
    • 出席を義務づけることで目指したのは、賢明な政治的判断ができるように大衆を教育すること。
    • 国全体の繁栄のために、「すべての民衆が生産的な労働者となるために必要な、スキルと知識を提供すること」(p.72)も目標として掲げられた。
  • 学年別の学校
    • 「学年別の学校は、出席の義務化と移民の増大によって引き起こされた、生徒の膨大な増加という問題への対応策でした」(p.72)
    • 同じ年齢と経験の生徒を一緒に集めることで、教師は生徒のニーズの解決に取り組みやすくなった。「すべての生徒に、同じレッスンを、同じタイミングで教えることができるようになった」(p.72)
    • 生徒の評価は、同じ教材に対して行うことができ、教師の負担を軽くした。授業準備、クラスの統制を容易にした。
  • テスト
    • 「すべての生徒を、おおよそ同じ能力をもつクラスごとに振り分けるために導入」(p.72)
    • 生徒の進捗を見るために使われ、在籍する学年で学ぶべき内容を習得したことが証明されれば、次の学年へ進級できる。
    • 反抗的な生徒たちが留年しないように勉強に向かわせる動機づけにも利用された。
  • 教科書
    • 「生徒が何を学ぶべきかという問題を解決するために導入されました」(p.73)=カリキュラムに網羅されるべきものは何かを明らかにするのに役立った。
    • 「初期において、教科書の主要な目的の一つは、教えるべき知識を教師に提供することでした」(p.73)
    • 「今日でさえ、多くの教師は、教えようとする内容をみずから学んだり、生徒に教材をいかに提示するか指針を得たりするために、教師用指導書に頼っています」(p.73)
  • カーネギー単位
    • アメリカ全国のバラバラな状況における統一性の問題を解決する。転校時に学習内容の調整をするのに利用。
  • 総合制ハイスクール
    • さまざまなタイプの生徒に合わせて、多様なコースを提供できるようになった。多種多様な生徒の学習ニーズを満たすための解決策だった。

 では、かつての問題がこれらの公教育の制度によってしかいまも解決できないのか、ということを考えるべきだと思います。テクノロジーによる教育の情報化が進み、学びの個別最適化が進んでいくと、このなかの「学年別の学校」や「テスト」などは大きな影響を受けます。でも、それは先生方にとっても児童生徒にとっても、プラスに働くことも多いように思います。

 次の5章では、テクノロジによって変わりつつある教育の姿について、書かれています。

 No.5に続きます。

(為田)

山形県メディア教育研究協議会 山形・上山地区協議会 オンライン講演会レポート(2020年10月21日)

 2020年10月21日に、山形県メディア教育研究協議会、山形・上山地区協議会のオンライン講演会に講師としてお招きいただきました。Cisco Webex Meetingを使っての講演でした。事前に打ち合わせや接続テストなども行ってくださった、事務局の先生方、本当にありがとうございました。たくさんの先生方にご参加いただきました。また、いくつかの学校では、校内研修としてたくさんの先生方がに見ていただいてとのことでした。

 いただいた講演テーマは、「学校アップデート:GIGAスクールに向けた新しい学校の姿」でした。一人1台の情報端末が整備されることで、どのような授業が可能になるのか、ということをいろいろな学校の実践事例を紹介しながら伝えていきました。
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 今回、自分で話していて、「いままでコンピュータ教室にわざわざ行かなければできなかったことが、一人1台の端末を持つようになれば、いつでもできるようになります。」ということを何度も繰り返していることに気づきました。これは、ちょうどいま読んでいる、A・コリンズ、R・ハルバーソン『デジタル社会の学びのかたち Ver.2 教育とテクノロジの新たな関係』の「2章 テクノロジ推進派の意見」のところに書かれていたことが自分のなかで繋がったことがたくさんあったように思います。
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 そして、一人1台をいつでも使えるようになるからこそ、「そこで何ができて、どんな力を子どもたちに身につけてほしいのかを考える必要がある。そうした授業設計は先生方にしかできない仕事です」ということをお伝えしました。先生方が、一人1台の端末をもった子どもたちを前に、どんな新しい学びが生まれるだろうか、と考える機会になればと思います。
 今回、メディア教育研究協議会による講演会でしたが、一人1台の端末をもてば、「情報を自分でどんどん探してくる」=受信だけではなく、「文章を書く」「表やグラフを使ってデータをまとめ、分析する」「写真、動画、音楽などさまざまなメディアでの表現をする」などなどの発信の量も増やすことができます。受信も発信も、どちらもメディア教育として重要な部分だと思います、ということもお伝えしました。

 最後にWebexのチャットで質問をいただきました。研修講師をさせていただくことは多いのですが、通常の形で(オフラインで)研修が終わって質問を受け付けても、なかなか手はあがることはないですが、チャットに関しては本当にたくさんの質問が来ました。「チャットのほうが、手を挙げるよりも緊張しないし、気軽に質問ができる」というのは子どもたちがオンライン授業をしているときに教えてくれましたが、こうした先生方向けの研修でも同様で、これはこれでオンライン研修の良さではないかな、と思います。テキストとして質問が残りますし、他の人の質問を見ることができるのもいいことだと思います。
 時間内ですべての質問にお答えすることができなかったですが、テキストで事務局からお送りいただいたので、返信していこうと思っています。これも、オンラインだからこそできる学びの形だと思います。

 参加してくださった、先生の一人から、「とても分かりやすく、事例を沢山ご介していただき、目指す山の頂上⛰を意識することができました。」という感想をいただきました。こうした機会をいただきまして、どうもありがとうございました。

(為田)

『デジタル社会の学びのかたち Ver.2』 ひとり読書会 No.3「3章 テクノロジ懐疑派の意見」

 A・コリンズ、R・ハルバーソン『デジタル社会の学びのかたち Ver.2 教育とテクノロジの新たな関係』をじっくり読んで、Twitterハッシュタグ#デジタル社会の学びのかたち」を使って、ひとり読書会を実施したのをまとめておこうと思います。

 「3章 テクノロジ懐疑派の意見」には、新しいテクノロジを教育に活用することについての懐疑的な意見がまとめられています。こちらの立場のことを知るのも重要だと思います。

 かつて、徒弟制のなかでしか学びがなかった時代から、学校制度をはじめとする公教育制度ができ、これが成功しているからこそ、新しいテクノロジを入れにくいということもあるのだと思います。これは、アメリカよりも日本はもっと顕著な気がします。
 時代として「今まで大丈夫だったから」とか「大学進学率がいいから」「学力テストの成績がいいから」などは、現状の教育の成功であるがために、新しい変化を取り入れる障壁にもなっていると思います。成功しているときほど、変えにくい。

 そこから、「学校教育の組織構造は、指導と学習の伝統に影響を与えることなく、革新的なテクノロジを処理するために、3つの戦略を展開」(p.44)していると書かれていて、これらについて言及されています。

  1. テクノロジに対する非難
    • 「多くの学校が、新しいテクノロジの可能性よりも、おもにリスクに対して反応しました。従来の授業実践にリスクをもたらすと受け取られる新しいテクノロジは、単純に禁止されています。」(p.44)
      • 1950年代に教育用テレビは、「教室で実践されてきた専門的な技術に取って代わるものとして、断固として反対」された。
  2. 既存のシステムに簡単に組み込めるテクノロジを取り込む
    • 「既存のカリキュラムの学習成果や授業構成をサポートするようなテクノロジや、指導計画に簡単に組み込めるテクノロジを取り込む」(p.45)
      • 「ドリル練習のプログラムは、既存の数学カリキュラムをサポートできる」(p.45)
      • 「コンピュータによる適応学習システムは、段階的に難しくなるカリキュラムを通して、数学、科学、社会科などの学習をより確かなものにします」(p.45)
      • こうしたシステムを取り入れた学校では、従来の教材でテストを通過するのに苦労していた生徒たちに対して、補習的な支援ができる。
  3. テクノロジを軽んじる
    • テクノロジに関心のある教師は、一般的な学校の文脈とは別に新しい専門プログラムをつくることができる。が、そうして新しくつくられたプログラムは、「教師が専門知識を生徒に伝え、彼らが授業科目を学んだかどうかをテストで確かめるといった教育の最も基本的な骨組みを変えることはできないでいる」(p.45)
    • 「子ども中心の教育を構築するための改革は、今のところ、初等教育のフレキシブルな部分でわずかに実施されるにとどまっています」(p.45)
    • 「現在、K-12教育において進められている、カリキュラムと評価を標準化しようとする動きが、情報テクノロジを基盤とした新しい授業の採用に向かうことは、あり得ないでしょう。ほとんどの州で学習のスタンダードとされているのは、基礎的なスキルの獲得と、広範囲にわたる学習内容の理解の両方です」(p.45)

 ここで懐疑派の戦略の2つめとして書かれている、「既存システムに取り込みやすいところだけテクノロジを導入」は、僕としては片棒を担いでいる自覚もあります。教員研修をすれば、「今までの授業を全部変えるわけではありません。テクノロジー(ICT)を武器にして、今の先生方の授業をもっと良くしましょう、パワーアップしましょう」と言っているので。何もテクノロジーが導入されていかない=成果ゼロよりはいいと思っているのです。ただ、そこで止まってしまうのではなく、その先にどんなふうな「新しい学び」が見えるのか、をきちんと想像してもらわないといけないな、といつも思っているつもりです。

 さらに、学校においてテクノロジ活用をはばむものもかかれています。

学校においてテクノロジ活用をはばむもの(p.46-52)

  • コストとアクセス
    • コンピュータをネットワークに接続するコスト。(安くなってはいるけれど)
    • 情報端末も増えてきている。が、「情報端末の存在感が高まってきているにもかかわらず、多くの教師が授業実践を変化させることに時間がかかっています」(p.46)
  • 教室の管理
    • 教室にコンピュータが整備されても、指導に関わる問題は発生する。コンピュータで学ぶようになると、一斉指導ができなくなる。
    • 「コンピュータの前に座っている生徒たちが一緒に活動する場合、騒いで他の生徒のじゃまになってしまいます。コンピュータで活動できない生徒は、取り残されていると感じます」(p.47)
    • 教室にコンピュータをおけないというスペース上の問題もある。
    • コンピュータを使う学習には時間と指導上の問題もある。(起動、生徒の準備などに時間がかかる)
  • コンピュータが教えることができないもの
    • 人が成長する過程で学ばなければならない、「友達と分け合うこと」「ルールを守って遊ぶこと」「人をたたいてはいけない」…などを学ばせることができない。
    • 「教師は、コンピュータがなじまない、多くのことを学習に持ち込んでいます」(p.48)
    • 「教育者の立場からみればコンピュータは単なるコンテンツの提供役であり、子どもたちの成長にとって、コンテンツは最も重要なものではないのです。そのため、ほとんどの教師と学校長は、コンピュータはけっして教室を支配すべきでないと感じているのです」(p.48-49)
  • 指導方法の課題
    • 「多くのコンピュータ・アプリケーションを駆使した革新的な指導方法は、教師の仕事をより困難にしています」(p.49)
  • 「権威」と「教える」ということ
    • 「コンピュータは、教室で教師がもっている権威―とくに正しい知識とは何かに関わるような権威―を弱めます。インターネットに接続すると、コンピュータは、さまざまな情報源から得られる、多様な情報へと教室を開きます。(略)コンピュータを指導に取り入れることで、教師は権威を失うリスクを負ってしまうのです」(p.50)
    • 「教師は、みずからの専門性を、生徒と共有することを好みます。コンピュータを頻繁に使うことになれば、教師たちは、教室という舞台の中央の位置を手放さなければならないでしょう」(p.50)
  • 評価
    • いまされている標準テストは、コンピュータが最も役に立つたぐいの学習とは反している。「標準テストによって、教育とは、個別的な知識やスキルを学ぶことであり、調査やプロジェクトを行うものではないといった信念がきょうかされる傾向があります」(p.52)
    • 「コンピュータは、コンピュータ室のような学校の周辺に追いやられたままで、生徒が合格しなければならない多くのテストに必要なスキルを練習させるために、教師が生徒を連れていく場所なのです」(p.52)

 こんなにたくさんの矛盾があるのだ、ということが書かれています。ただ、テクノロジをいまどんなふうに社会で使っているかを見ていけば、この矛盾をどちらの方向に整合させるほうがいいのか、というのは方向づけられるのではないかと思います。

 本当にそのとおりで、テクノロジがある世界で「もしテクノロジがなかったら…」と考えることに意味は内容に思います。また、だからといって、今までの公教育を全否定することにはならないのですが…。ここは公教育のシステムが大きいし、関わる人が多いからこそ、大変な部分ではありますが、手をつけずにはいられないところだと思います。


 No.4に続きます。
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(為田)