6月19日に、福生第五小学校で「タブレット端末を使用した公開授業」がありました。こちらは、研究員の為田が、主にコンテンツ開発、導入支援などを中心にプロジェクトに参画しています、凸版印刷様の学習支援サービス「やるKey」の実証研究です。
今回は、公開授業の後に図書室で行なわれた説明会と協議での記録を公開します。
産官学共同研究 挨拶
今回の実証研究は、福生市教育委員会、慶應義塾大学、凸版印刷株式会社の産官学共同研究です。それぞれを代表しての挨拶から説明会はスタートしました。
川越教育長に初めてお会いしたときに、「やるKey」の核となる考え方については説明をしており、非常に関心を持ってくださっていました。学力を向上させるために、家庭での時間の使い方を何とかすることができないか、と問題意識を持っていらっしゃいました。
何のためにICTを入れるのか、というのを非常に具体的に目標として設定されているな、と感じています。
続いて、慶應義塾大学の中室先生です。
教育経済学は、「教育の効果を定量的に明らかにする」という学問です。「教育は数字では測れない」とはよく言われますが、測れる数字があるならば測って、効果をきちんと評価していく、ということをしています。
今回は、福生市の目標を、凸版印刷の「やるKey」が手段として適切に実現できるのかを評価していただきます。
最後に、凸版印刷の菊地さんです。今回の実証研究では、タブレットを1人1台提供し、家庭に持ち帰ってもらい、「やるKey」がどのように家庭で学習してもらいます。
やるKeyの開発に自分も関わっていますが、凸版印刷は金子社長以下、現場をとても大切にしている印象を持ちます。とにかく教室に足を運び、先生方はどんなふうに授業で使うか、どんな画面を使いたいか、児童はどんなふうに操作をするか、どれくらいの問題数をどれくらいの時間をかけて解くかなど、リサーチをしながら作り上げてきました。
菊地尚樹 様(凸版印刷株式会社 教育ICT事業開発本部長)
産官学共同研究についての説明
続いて、今回の産官学共同研究について、福生市教育委員会教育部の石田参事から説明がありました。
- この実証研究は、「慶應義塾大学、凸版印刷株式会社、福生市教育委員会の協働による学力向上策研究」。ICTの研究ではない。学力向上のひとつの窓口。あくまで学力向上策のひとつの窓口。
- 産官学を協働して、ひとつの窓口を開いて、そこから覗く風景が、子どもたちの学力向上への方策になるのではないかと感じている。
- 特に今回は、家庭学習が、学力向上に効果があるのではないかと着目したもの。他社とも先行で行なっているが、大きな違いは、自学自習を家で行なっていること。先行の研究では、朝学習で算数と英語をやっている。
- 今回は小学校の子どもたちを中心にしている。「ふっさっ子の学力向上」の一つのやり方。モデル校は、1期と2期に分かれている。二小、四小、五小、七小。2期は三小で行う(10月を予定)。
- 福生市では通信の状態としては、WiFiがひかれていない。各フロアには子どもたちが使えるWiFiがないので、今回の実証研究では、iPadセルラーモデルを使ってやっている。
- iPadを持って帰って大丈夫だろうか?扱えるのだろうか?という心配があったが、担任の先生に訊いたら、専用の袋に入れて持っていたり、授業の間に画面を拭いたり、大事に使っているのだな、と思った。
- 期待される効果は、家庭学習。タブレットがあるから良い授業になるわけではなく、タブレットをどう使うか、ということ。タブレットを使って話し合いをする授業などもあるが、タブレットがなくても話し合いはできる。今日、半具体物の操作が授業に入っていたが、あれを入れるか入れないかが、教師の指導法。操作をさせるのが、算数の指導として大事だと思う。タブレットを家でやってきて、モチベーションが高まったところで、うまくそれを引き出す指導法を先生がしていた、ということ。
- ただ、とは言いながらも、タブレットは使えるが、算数の部分で本質的にわかっていない児童もいた。そうした児童に机間指導をして、説明をしていた。
- 期待される効果としては、とにかく、子どもの「やる気」が育つ、ということ。子どものやる気を引き出すコンテンツになっている、ということ。教育長も私たちも実感しています。自ら進んで学ぶためには、そのための手立てがなければいけない、ということを、このアプリは示していると思います。
- 出口としては、私たちは、学力向上施策を2年間で進めていきます。また、校内LANも含め、学校ICT推進計画を作っているところ。そういったものにも、タブレット研究が帰結していくと思っています。今後数年のICT化の始めの一歩だといえると思います。
川越教育長と同じく、学力向上施策としての家庭学習にフォーカスし、説明をしていただきました。また、公開授業の内容についても触れてくれています。
使用ソフトウェア(「やるKey」)の説明(凸版印刷株式会社)
続いて、凸版印刷の菊地さん、村上さん、大森さんから、「やるKey」のコンセプト、児童向け機能、先生方向け機能の説明がありました。
- 去年の8月からプロジェクトをスタートして、いろいろな方にお話を伺いましたが、中室先生の考え方に非常に感銘を受けた。
- 小さい時の年代への教育投資が、大きなリターンを生む。(教育の収益率)
- ペリー幼稚園プログラムによって、子どもらの「非認知能力」の向上がもたらされた(今でも追跡調査されているもの)。
- ペリー幼稚園の卒園生の方が、各年代で良い結果(≒社会に適応している)を出していた。
- では、そうした結果の原点にあるのは、非認知能力=学力の背景にある力。これを、学習を通じて養っていけないだろうか。
- やるKeyには3つの機能がある。
- 学習指標の学習履歴情報提供
- どこを間違えたのか、ということを見ることができる。
- 計画設定機能+目標到達度管理
- セルフコントロール力を高めることにつながる。
- 習熟度管理+レコメンド
- 先生の目の届かない、家でどんなことをやっているのか、ということを先生が見られるようになっている。
- 適切なタイミングで先生が声をかけて褒めたり、つまずいている子どもに適切に指導する、ということが可能になる。
- やるKeyが作り出せる価値
- 教育現場でのタブレット活用における2大課題
- 今回実証研究で使った「算数マスタードリル」は、目標を設定するようになっている。
- 目標を設定することで、内発的動機づけを促す。
- 答えを間違えると、「つまずきポイントを見直す」というボタンが出て、個人のわからないと思われるポイントを復習する、つまずきみなおしドリルに移行する。
- わからなかったところが「わかる」ようになるように設定している。
- 先生画面で見えること。
- 学習履歴がどう先生たちに届くのか。
- 学習時間、実施したドリル、学習したページ数、正答率が確認できるようになっている。
- クラス全体の状況が俯瞰できるようにしている。
- 学校の状況だけでなく、家庭学習の記録も合わせて集計、確認できるようになっている。
- 目標が達成されているかどうか色分けされたり、記録の増減を矢印で表現されたりする。
- どう使うか、というところは、先生にお任せしている。
- 先ほど授業の中で先生が確認をしたのは、実施ドリルのところ。満点をとっているかどうかがわかるようになる。データを全体で見て、結果が悪かったところを授業の中で復習してもらった、という感じ。
- 先生方に「こうやって使ってほしい」というお願いはない。どのように使ってもらうかは、先生次第になっている。
- 我々の想定外のところで、先生方のアイデアで使って頂いているケースもある。
- 音も出ない、派手なゲーミフィケーションもありません。でも、コツコツと、どこでつまずいているのか、をわかるようにしたコンテンツです。福生市様で、いい結果が出ればと考えています。
公開授業を終えての感想(拝原先生 福生市立福生第五小学校)
公開授業を担当された、拝原先生の感想も伺いました。
まさに、川越教育長、石田参事がおっしゃっていた、家庭学習の成果を見えるようにする、という部分を評価していただきました。
この前日の打ち合わせのときに「実際に解いている問題数は増えましたか?」と質問をしたら、「紙の宿題は今までどおり出していて、それに追加して算数マスタードリルを家でやっている子が多いので、かなり取り組んでいる問題数は多いと思います」とのことでした。
また、今回の範囲となっているわり算の単元についても、理解が定着していると思う、との評価をいただきました。もちろん、これはタブレット・算数マスタードリルだけで理解が定着したのではなく、先生の授業・紙の宿題と複合しての効果です。ただ、そうした取り組みの中に、「今まで見えなかった家庭学習のデータ」が入ることに意味があり、それを上手に使って授業の中に持ち込む先生の手法があってこそのものだな、と感じました。
授業についての講評(稲垣忠 先生・東北学院大学教養学部人間科学科准教授)
最後に、東北学院大学の稲垣先生から、授業についての講評をいただきました。公開授業の際に撮影した写真をプレゼンテーションの中に貼って、それを解説してくださいました。
稲垣先生には、開発初期の段階からご協力をいただいています。「どう使うか」という点で、いろいろと教えていただいています。
- タブレットで家庭と学校の学びをつなぐ
- ICTとはどんなものかと考えると、先生が「ちょっと身軽になって」めざす授業に近づけるということ。
- 先生方が授業を作っていくなかで、今までやっていたところが楽になって、先生がよりやりたい授業ができるようになる。
- 文部科学省では、学びのイノベーション事業の中で、10種類の活用があると言っている。今回の授業の中では、「個に応じる学習」と「家庭学習」に関わる取り組み。
- このソフトのおもしろいところは、自分の目標を設定できること。これがないと、友達との競争になってしまう。「できている」「できていない」だけになってしまう。
- もうひとつ、個に寄り添う場面を作ることができていた。
- これが紙の計算ドリルだと、先生は採点しながら回らなければならない。それが一切ないというのはいいところ。
- もうひとつ、いいところは、学習状況のモニタリングができること。
- 子どもがどこまでできているのか、どこまで取り組めているのか、というのを可視化できるのはいい。
- 紙で見ていても理解できるが、一覧できることで、全体としてどうなのか、そのなかで、どの児童を見るのか、ということを考えて、授業にフィードバックできる。
- 自己調整のリサイクル(Zimmermanm)
- 学習の計画を立てて、実際にやってみて、振り返ってみる。
- 家庭学習である程度までできている、そのうえで、学校で何をするか、というのを考えられる。
- 学校の中で何をやるのかというと、『授業設計マニュアル』の中の先生が何ができるか、というのの9つの活動の中の、「3.前提条件を確認する」、「6.練習の機会を設ける」、「7.フィードバックをする」、「8.学習の成果を評価する」ができる
- 授業のアナログの工夫もとてもよかった。
- この1時間で何をするのか、というのが教室で共有できる。(「学しゅうのながれ」のミニホワイトボードを黒板に貼る)
- 学習状況を確認する
- 単元の中で、自由進度でやっていた。これは、紙ではできないところだった。教科書では問題数に制限もあったので。
- わかっていないところを意識化して、自分の学びに取り組むことができるようになっていた。
- 考え方をつかませる
- 膨大な問題数があるからこそできることもある。
- わり算の単元で500問くらい問題がある。それだけの問題を紙で用意するのは大変。
- 自分の状況に合わせて、学習ができるというのがいいところ。
- 丁寧なフィードバックを実現するために
- 全体を見て、個に寄り添う授業できていた。そうした時間が多かった。
- 紙の計算ドリルが置き換わると?
- 家庭学習について
- 自分のめあてを持ってできる家庭学習
- 基礎基本とセルフコントロール+意欲
- 授業展開について
- 児童の実態を即座に把握→問題意識を共有する(先生の「みとり」だけでなく、対話から導いたのがよかった)
- タブレットでないとできないこと、実物の方がいいところ
- 今回のシステムでいちばんいいのは、自動採点。自動採点で空いた時間を何に費やすのか?
- これをやってもらうことで、机間指導のやり方が変わる。
- 今後の課題
- 単元の中でどこで活かすか?
- まとめの単元以外でも機能するだろうか?
- 他の教科では?
- 算数にはとてもマッチした仕組みだと思うが、算数だけのためにタブレットを持たせるわけにはいかないので、どうするか?
- 「できちゃった」子どもをさらに活かすには?
- できちゃった子には、教える側に回ってもらう、という可能性もあるだろう。
これからより多くの先生方に使っていただくために、またご意見を伺わせていただければと思います。
まとめ
多くの方にご参加いただいた公開授業、説明会でしたが、無事に終了しました。記者の方もいらしていて、この後で先生と児童たちにインタビューをしたりもしていましたので、メディアなどでも取り上げられるかもしれません。
家庭学習のツールとして、算数マスタードリルがどれくらい使われたのかをデータとして見て、学習量と学力とどう関係するのかを見ていくのが次の段階になります。また、そこでのデータが教室で授業をしている先生の肌感覚とどれくらい合っているのか、そうした点について、後日ヒアリング調査も行っていく予定ですので、見て行きたいと思います。
参考文献
公開授業に来ていただいた、中室先生、稲垣先生の著書は、やるKeyのコンセプトを作る際に非常に参考にさせていただいたものです。あわせてご紹介したいと思います。