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書籍ご紹介:『AIに負けない子どもを育てる』

 新井紀子『AIに負けない子どもを育てる』を読みました。読解力については、以前から興味があり、そのなかでリーディングスキルテスト(以下、RST)についても知っていたので、読みました。リーディングスキルテストを実際にやってみた自分の結果と、読解力低下についての危機感についてのところと、EdTechについて触れているところがあったので、そのあたりでメモを作成しました。

AIに負けない子どもを育てる

AIに負けない子どもを育てる

RSTをやってみた

 「第3章 リーディングスキルテスト、体験!」(p.47-80)で、リーディングスキルテスト全28問に挑戦できます。サンプル版ではあるものの、やってみました。28問は、全部で7つのカテゴリー、難易度は4段階で1問ずつ出題されています。本気でやってみた自分の成績は以下の通りでした。

係り受け解析 10点/10点
照応解決 10点/10点
同義文判定 10点/10点
推論 6点/10点
イメージ同定 6点/10点
具体例同定(辞書) 7点/10点
具体例同定(理数) 7点/10点

 前半は満点ですが、「推論」以降の後半は点数がガタンと下がっています。「前高後低型」として取り上げられています。このパターンは、「この本を手に取る可能性が高いと考えられる層で最も多いタイプでしょう」と書かれていますが、まさしく、僕はこれでした。分析は以下のように続きます。

活字を読むことは嫌いではないし、知的好奇心はあるのに、理数系やコンピュータに対して苦手意識はありませんか?一行一行確実に読むよりも、キーワードを拾って「今、こういうことが話題になっているんだな」とザックリ理解しようとしていませんか?90年代はそれで済んでいたかもしれませんが、イノベーションの速度とインターネットでの情報拡散速度が上がった現在は、「話題になっている」ときには、もう誰もが知っているのでその方法で他の人々と差別化することはできません。
高校1年までには「数学が苦手だな」と感じ始めたのではないかと思います。それは、推論と具体的同定(理数)が苦手、つまり論理と定義を理解する力が不十分なためです。あなたと同じかそれ以下しか論理力がない人はたくさんいたはずです。けれども、活字を読むのが好きで暗記が得意なため、文系科目の成績が良かったこととのギャップから、早い段階で数学に対して必要以上に苦手意識を持ってしまった可能性があります。
推論が苦手なのを別なことで無理に補おうとすると、経験値か「空気」(同調圧力)かネット等の情報に頼ることになるでしょう。そうすると、2つの極端な行動パターンに走りがちになります。圧倒的に多いのが、情報を大量に取り入れながらも新しい環境に尻込みしたり、反対するパターン。できない理由、反対する理由を考えるのは上手。でも、本当の理由は、新しいテクノロジーを本質的に学んだり考えたりする自信がなく不安が大きいのでしょう。一方、真逆に見えると思いますが、自己啓発本に感化されてベンチャーを立ち上げたり、積極性を無理にアピールするためにやたらと提案したりすることで自滅するか部下や同僚を疲弊させるというパターンもあります。どちらにも共通する点は「情報量過多で論理力不足」です。(p.98-100)

 こういう、「どういう文章が読めないのか」ということを診断してくれるのは非常にいいな、と思いました。読解力のすべてをRSTで測れるわけではないと思いますが、でも本を読んでいろいろな情報を得たり、文芸で情緒豊かな文章を楽しんだり、小説を通じて自分の世界を広げたり、というのに必要な力と両立するものなのではないかと思っています。

読解力低下に対する危機感

 自分自身のRSTの結果を見てみて、自分の読み方の癖というか、そういうのがわかった気がします。実際、RSTを受検している多くの人たちの数字を見て、「読解力がないのではないか?」というのが、前著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』から続く、新井先生の主張だと思います。ここにある危機感は、以下のようなものです。

私たちは、社会という一つの船に同乗しています。読解力が劣る人を「自己責任」として放置すると、企業や社会全体の生産性が上がりません。その人々がAIに代替され低賃金の職を奪い合うようになったなら、格差が拡大し、人口減少がさらに進み、日本は持続可能ではなくなります。(p.106)

 こうした状況に陥るのは、やはり避けたいと僕は思います。また、読解力は新たに知識をつける力に直結している力だと思います。

RSTはそういう生徒(※中学校に入学した途端に、理数系がさっぱりわからなくなる)を早期に発見し、どんな科目の教科書も読めることを保証する公教育を目指すための取組みです。基礎的・汎用的読解力の有無は、生徒の未来を大きく左右します。調べれば調べるほど、そのことは確実になっています。
公教育が何のために存在しているかといえば、それは、出自や生育環境の差から不可避に生じる格差を埋め、憲法が保証する「法の下の平等」に魂を入れ、その能力を活かして労働し納税し、民主主義に参加する担い手を育成するためです。だとすれば、(やむを得ない事情のある生徒を除き)すべての生徒が基礎的・汎用的読解力を身につけることは、公教育の達成すべき当然の目標の一つでしょう。(p.161)

 新しい学習指導要領では、情報活用能力が重視されています。RSTで測っている読解力は、情報活用能力にも関わってくると思います。本書のなかで、新井先生は小学校4年生に入ることになると、学力に差が生じやすくなると書いています。

4年生に入るころになると、学力に差が生じやすくなります。それは、主観から客観へ、絶対から相対へ、具体から抽象へとジャンプが必要になるためです。これらは日常生活ではなかなか身につかず、「言葉」と「論理」を通じて獲得する以外には、ありません。
ここで、ドリル・暗記型になるか、論理で考えられるかで、中学受験や中学入学後に、後から縮めることが難しい学力差が生じます。論理で考えるよりも暗記のほうが楽で成功しやすいことを覚えると、論理的に考えるように口頭で指導しても、必ず子どもは暗記に頼ります。重要なのは、小学生時代に「暗記すれば点が取れた」「論理的に考えるより、人の真似をしたほうが楽だった」という成功体験をなるべく積ませないことです。(p.293-294)

EdTechについて

 本書の最後の方に、新井先生のEdTechについての考えも書かれています。アダプティブ・ラーニングについて書かれている部分もあります。世の「アダプティブ・ラーニング」を標榜するサービスのなかには、この新井先生のコメントに当たるものも当たらないものもあるかと思いますが、非常に参考になるコメントだと思っています。

私は、電子黒板もデジタル教科書も小学校では無理に入れなくてよいと考えています。特にEdTechには反対です。なぜなら、AIには生徒の「理解度」に応じて適切な「課題」を提案し、「教える」ことなど、無理だからです。そのように喧伝している企業やソフトウェアがあることはよく承知しています。けれども、それは「理解度」や「課題」や「教える」という言葉の誤用です。
正確に言えば、このようになります。AIは生徒の間違え方に応じて、ドリルの問題や穴埋め問題を最適化することができます。AIが自動採点できるのは、漢字ドリル・計算ドリルと知識の穴埋め問題だけで、文章題や証明問題は採点できません。また、「間違える=理解できていない」としか判断し得ないので、間違えたら、それと似たレベルかそれより少し易しい問題を画面上に表示するか、間違えた箇所の解説文を提示するに過ぎません。ですが、画面に表示された解説文を正確に読めるようならば、そもそも「相対とは何かがわからないので分数につまずく」というような状況には陥っていません。相対や客観や抽象を理解できない生徒に、それが何を意味するかを、AIは教えられません。(p.295-296)

 そのうえで、新井先生が学校で検討したほうがいいだろうと考えるITの活用方法も書かれています(p.296)。

私が学校で検討したほうがよいと考えるITの活用方法は、極めて限られています。

  1. 高校の統計の授業での大規模データの分析
    ベクトルや微積分を学ぶには動画を使うほうが理解しやすい。高校ではすべての教室でプロジェクターが使えるようであってほしい。生徒一人に1台ずつネットにつながったノートPCが活用でき、それに統計ソフトやグラフィックソフト、プレゼン用のソフトがインストールされているべき。
  2. 日本語が母語ではない生徒の支援のためのIT
  3. 学校ホームページを完全に機械可読な形式に
    ブラウザの機械翻訳機能を使って翻訳できるようにすることで、日本語を読み書きできない保護者に確実に情報を伝えられる。
  4. 黒板にプロジェクターで投影するツール(Kocri)
  5. すべての学校にパソコン教室があり、加えて、教室で活用したい場合にノートパソコンが1クラス分あれば十分。

テクノロジーを否定するつもりは毛頭ありません。ですが、テクノロジーで解決できることと、できないことがあります。外国籍の保護者との面談で機械翻訳を活用することだって、20世紀には想像できなかったすごい科学の進歩です。そのように、派手な宣伝に踊らされることなく必要なところで、淡々と活用可能なテクノロジーと付き合っていくことをお勧めしたいです。(p.299)

 僕個人は、もう少しテクノロジーを使うことで、子どもたちの「学び方」、先生方の「教え方」が変わればいいな、と思っていますが、でも「派手な宣伝に踊らされることなく必要なところで、淡々と活用可能なテクノロジーと付き合っていく」というのは賛成です。

 読解力が子どもたちの人生を豊かなものにする、そのために、RSTは指標の一つとして使っていけばいいと思います。そして、このRSTとここまでの国語教育(もっと広く、学校教育、でもいい)とで、共有できる部分がどんどん大きくなればいいな、と感じています。
 自治体などでもRSTを活用しているところは出てきていますので、これから教育現場へ成果がフィードバックされていくのが楽しみです。

(為田)