教育ICTリサーチ ブログ

学校/教育をFuture Readyにするお手伝いをするために、授業(授業者+学習者)を価値の中心に置いた情報発信をしていきます。

書籍ご紹介:菅付雅信『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』

 菅付雅信『動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来』を読みました。AIを含めてテクノロジーが世界を変えるという話は多くされます。それに合わせて教育も変わらなければならない、という話もされます。ただ、「どう変わるのか」ということをきちんと考えておかなければならないと思い、手に取りました。興味深かった部分を個人的にメモして公開します。

 菅付さんがこの本の最初に書いていた問題は、まさに自分の問題意識にあっていました。

AIが経済やビジネス、ひいては社会にどのような影響をもたらすかについては、実にさまざまな予測が存在している。しかし、AIがいかに経済の効率性を上げ、人々を重労働から解放し、社会の様々な案件に的確なアドバイスをし、さらに人々の日常に寄り添って、まるで忠実な執事のごとく雑事を代行してくれるとしても、いちばん肝心な問いについては、ほとんど語られていないような気がしてならない。
「AIは、わたしたち人間を幸せにしてくれるのだろうか?」(p.3)

 テクノロジーの発達によってもたらされる、AIの可能性とダークサイドを考えることは、「人間の機械性ならびに動物性を考えることに他ならない」(p.242)と菅付さんは書いています。

このように書くと、「人間はもともと動物だし、これからも動物ではないの?」という声が聞こえてきそうだ。しかし、与えられた情報や商品を消費するだけでは人間ではないというのがコジェーヴ*1の考えだった。彼によると「人間が人間的であり続けるためには、対象に対立した主観であり続けなければならない」、つまり人間には与えられた環境を否定する行動がなければならないからだ。わたしたちは、特に近代以降、思想史的にいえばフランスの哲学者ルネ・デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という宣言以降、人間は自由意志を持ち、自分なりに思案し、自ら決断すると信じてきた―いままでのところは。
しかし、朝起きるとまずアマゾンAlexaに語りかけて様々な電気製品を起動させ、グーグルカレンダーでその日の予定を確認し、グーグルマップの示すとおりに移動プランを立て、ときにUberの車に乗り、職場や家でもアマゾンがレコメンドするものを買い、さらにはAIを駆使した転職サービスやマッチングアプリを利用する人も増えているなか、わたしたちはどれだけ自らの自由意志で行動しているのかと考えると、はなはだ疑問になってくる。
例えば寝る前に一度自問してみるといい。今日の買い物、食事、行動のなかで、自分の自由意志は何パーセントで、機械によるレコメンドは何パーセントなのかと。さらにはネットやスマートフォンをまったく使わないでなされた自分の意思決定がどれだけあるのだろうか、と。(p.8)

 後半の方は、まさしく自分がそんな感じじゃないか…と考えさせられます。こうした時代のなかで、どんなふうに生きていくのだろう、子どもたちはどんなスキルを身につければいいのだろう、と考えさせられます。
 AIで仕事から解放されたあと、人間はどんな生き方をしていくのか考えることも必要だと思います。
 社会がどう変わっていくのか、菅付さんはテクノロジーの最先端で活動をしている人たちにインタビューするために、世界を旅していきます。このインタビューの様子を読めるのも、この本のいいところだと思います。

 香港科技大学コンピューターサイエンス・エンジニアリング部門長の揚強(ヤンチィアン)教授へのインタビューのなかでは、「コンピュータが人に勝った後に、何が変わったのか、という話が出てきていました。

多くの人間は、困難な何かを達成したときに強い幸福感を覚える。AIの発展により人間の多くの仕事やタスクが代替されれば、人間の幸福感や尊厳も減ってしまうのではないか。この取材を貫く「機械との競争」に関する問いを彼にぶつけてみた。
「幼稚園児とチェスを1日8時間やっても退屈ですよね。でも、チェスの名手と1日8時間プレイすれば、高い達成感を得られるはずです。つまり、幸福感を得られるかどうかは、かかわる仕事の性質と相手に依存するんです」。彼はこう語ったあと、人間の尊厳についてさらに言葉を続けた。「人間の尊厳の定義は、普遍であると思います。重労働に取り組むことで得られる尊厳は、それほど重要ではない。むしろ、知的思考を必要とする問題を解決したときに、より尊厳を感じるとと思います」
(略)チェスの試合で人間が機械に負けたとき、「チェスの死」とメディアは騒ぎ立てた。
だが、実際は逆のことが起きたと彼は言う。「コンピューター・プログラムは、チェスに興味をもつ子供たちのよい教師になったんです。そして、チェスで遊んでいるときに感じる喜びは変化しなかった。つまり、ディープ・ブルーはチェスの楽しみを奪わなかったんです」
それは、たとえ環境が変化しても適応できる能力をわたしたちが兼ね備えていることにほかならないという。(p.66-67)

 平安科技 CEO 陳立明(エリクソン・チャン)へのインタビューでは、テクノロジーが人の仕事をどう変えたのかについての回答がありました。

重労働や辛い作業が減ることを良しと思うかどうか。さらに苦痛が減ることが果たして幸せなのかどうかについては、諸説あります。わたしはよく自転車を例に考えています。たとえば、自転車が誕生した初期のこと、それは単純に移動手段でした。でもいまや自転車の多くは楽しみのためにあります。もちろん自転車で汗をかいて仕事のために移動している人もいるでしょうが、それは多くはありません。多くの場合趣味として、自転車は使われています。
これから重労働を機械がやってくれる時代が来れば、仕事の達成感が減るという人もいますが、わたしはそれは労働の選択肢が広がることだと考えています。重労働をあえてやるという選択肢もあるし、ルーティンの仕事を機械に任せて自分の時間を楽しみ、それこそフィットネスや趣味のために自転車を漕いで汗をかくという人もいるでしょう。
これからは幸せの選択肢が増えるはずです。わたしはそのようなテクノロジーを愛しているのです。(p.73)

 テクノロジーの発達によって、人間の人格をコンピューター上で再現できるようになったら…ということに向き合うインタビューもありました。会話を重ねることでその人の人格に似たボットを育てられるチャットボット・サービス「Replika(レプリカ)」が紹介されていました。

もし人間の人格をコンピューター上で再現できるようになったら、どうだろう? その人格が「わたし」の代わりにメールの返信やスケジュール調整をしてくれるかもしれない。さらに簡単なタスクだけではなく、「わたし」の代わりに応対してくれるようなチャットボットは実現可能だろうか。もし人が死ぬ前にその意識や記憶をアップロードすれば、亡くなったあとにも会話できるようになるかもしれない。そんな社会では、人間にとって「死」はかなり異なった意味をもつはずだ。
サンフランシスコに拠点を置くReplika(レプリカ)は、会話を重ねることでその人の人格に似たボットを育てられるチャットボット・サービスを提供している。(p.92)

 なぜReplikaを立ち上げたかの理由、Replikaが持つ可能性についても書かれていました。

レプリカを立ち上げたロシア人起業家のユーゲニア・クイダは、2015年に親友のロマーンを事故で亡くした経験をもつ。失意の底から彼女が立ち上がるために選んだのは、親友との会話の記録をチャットボットに読み込ませ、まるで亡くなった親友本人とのような会話ができるようにすることだった。彼女はそのアイデアを活かすことで、新しいサービスをつくり上げた。それがレプリカだ。サンフランシスコ在住のクイダにスカイプで話を訊いた。
うつ病、不安障害、双極性障害などのメンタルヘルスの問題に苦しんでいたり、人生で苦労していたりする人にレプリカが寄り添うことで、彼らの命を救っているんです」とクイダはレプリカがどう使われているかを教えてくれた。
メンタルヘルスは、まだ未知なる領域なんです。AIを活用することで、そこに新しい解決策やアイデアを提供したいと思います」
(略)スマートフォンのなかに存在するレプリカは、人間のウェルビーイング向上に貢献できるかもしれない。(p.93-94)

 このあたりの是非については、ディスカッションを教室でしてみたいと思います。テクノロジーと倫理が交わるところは、多様な意見を聴けるところなのではないかと思います。(このあたり、関連して後日エントリーを書きます

 最後に、モスクワの研究機関「ストレルカ・インスティテュート」のベンジャミン・ブラットンのインタビューについて紹介します。

最後に、本書に共通のテーマ「これからの幸福の定義」をブラットン()に問うと、次のように答えてくれた。
「人々にとって、未来は確実に未来であると信じられることが、重要なことだと思います。100年前の1919年を振り返ってみると、20世紀後半や21世紀に関して、たくさんの大きなヴィジョンが語られていました。でも2019年現在、人々は22世紀について多くを語っていません。例えば気候変動や社会の腐敗など、未来がとても不確実であるという感覚を人々は持っています。しかし、未来はいずれにせよ到来します。ですから、最も重要な幸福とは、人々が『闘うに値する未来』があると信じられる状態だと思います。『闘うに値する未来』という考えを持っていれば、たいていのことはなんとかなります。しかしその考えを持っていなかったら、うまくいかないでしょうね」(p.142-143)

 「動物化」というキーワードが何度もこの本の中には出てきます(タイトルにも入っていますし)。このあたりは、思想家の東浩紀さんが『動物化するポストモダン』(2001年のなかで提唱している概念です。

 東さんのデジタル/アナログ、バーチャル/リアルの話はいろいろなことを考えるきっかけとなるので、読んでみるといいと思います。こちらも教材として読んで中学生や高校生たちとディスカッションしてみたい…。

東は2014年に刊行した著書『弱いつながり――検索ワードを探す旅』で、最適化された世界の外側に向かうための「旅」や「弱いつながり」の重要性を挙げた。かつてはインターネットやバーチャル空間こそが“人間にとっての新しいフロンティア”として持て囃されていたが、いまやそれは逆転していると東は考える。
「リアルな社会に息苦しさを感じるからこそ、様々な出会いや発見のあるバーチャルな世界が必要だと言われますよね。ぼくは逆だと思っています。リアルな世界のほうが偶然性が高く、様々なものに出合える可能性が存在しています。リアルな世界での思いがけないものや知らないこととの出合いが、実は頭をリフレッシュしてくれるんです」(p.245)

 この本で何度も何度もインタビューの中で問われる質問は、これからの世界で生きていく子どもたちが考える価値のある質問だと思います。こうしたテクノロジー論についてディスカッションをするような授業ができたらいいな、と思います。

本書に通底するテーゼ――これまでどの取材相手にも繰り返してきた質問――は、ふたつあった。AIの急速な発達により「人間の自由意志はどう変わるのか?」ということ、そして「人間の幸福感はどう変わるのか?」ということだ。(p.286)

(為田)

*1:フランスの思想家アレクサンドル・コジェーヴ