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文化庁 武田康宏 国語調査官「『常用漢字表の字体・字形に関する指針 』講演会メモ

 少し前にTwitterのタイムラインで見かけた、(公財)日本漢字能力検定協会主催講演会「漢字の面白さ、懐の深さ」 Part2/4 文化庁 武田康宏国語調査官「『常用漢字表の字体・字形に関する指針』についての報告」 を見ました。非常におもしろかったです。
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 講演をしている、文化庁 武田康宏 国語調査官が言う結論がまさしくそのとおりだと思っています。

先生方が「本当はどっちでもいい」と思って教えるのと、「こうでなければならない」と思いこんでいて教えるのとは、違う。指導は今までと同じかも知れない。ただ、評価においては、こうした観点があるということを知っていてほしい。

 自分のために、ポイントをメモとして残したものを公開します。知らないことがたくさんありました。動画は47分30秒。けっして短くはないですが、見ていたらあっという間でした。週末にぜひ。

常用漢字表について

 まず、講演者の武田 国語調査官は、文化庁国語課の役割、そして常用漢字表がなぜ必要なのか、ということを説明します。

  • 文化庁国語課とは?
    • 「国語の改善及びその普及」を所掌。
    • 教科としての国語ではなく、社会全体の国語を所掌。学校教育の国語も含むが、もっと大きな範囲での国語を所掌。
    • 社会全体の国語を考えるときに、漢字はとても大切なもの。
  • 常用漢字表は、なぜ必要なのか?
    • 常用漢字表=「広場の漢字」という表現
    • 人と人とのコミュニケーションを円滑にするために共有しておく必要のある漢字表。
    • 共有すべき範囲がなかったら、共有できない。→そのために、常用漢字表が存在している。
      • 万単位の漢字から、「贔屓」慇懃」など、読める人も読めない人もいる。
      • ある範囲を目安として作ってある。2136字。
      • 情報を伝える側も、この範囲を使おう、ということがわかる。
      • 受け取る側も、漢字が苦手だとしても、この範囲だけは…というふうに考えられる。
  • 常用漢字表 前書き
    • 「1.この表は、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すものである。」
      • 「目安」である、ということが大事。かつて、当用漢字表というのが使われていた。これは制限的な表だった。1850字。この範囲で漢字を使ってください、という表だった。
      • そうすると、漢字が足りなくなってくる。音訓も制限されていた。魚を「さかな」として教えない時期があった(当用漢字表に入っていなかった)→昭和56年に常用漢字表ができて、目安に変わった。
    • 「2.この表は、科学、技術、芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。(後略)
      • 個人が小説を書くときに制限となるものではない。
    • 「5.この表は、都道府県名に用いる漢字及びそれに準じる漢字を除き、固有名詞を対象とするものではない。」
      • 固有名詞も対象にはなっていない。
  • 教育においてはどうなのか?
    • 学校教育の習得目標になっている。
      • 小学校では、1006字、学年別配当表にある1006字に「触れる」
      • 中学校は書ける、読める、というふうに増えていく。#おおお。
  • 小中高ときちんと漢字を覚えると、社会で使われている漢字の96%は使えるようになる、という社会のシステム。
  • 「共有される漢字表」と「教育での習得目標となる漢字の範囲」と「実際に社会で使われる漢字」はだいたい一致している。足りないところや隙間もあるかもしれないが、だいたい一致している。皆さん知らず知らずのうちに、漢字を身につけ、使っているという状況。

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漢字についてのよく出る質問→字体と字形

 常用漢字表の字体・字形に関する指針(平成28年2月29日 文化審議会国語分科会報告)は、文化庁のサイトで見ることができます。
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  • 常用漢字表の考え方に基づいた指針。
  • 当用漢字表、当用漢字字体表は、かつてからあった。ただ、十分にそれが周知できてこなかった。それを詳しく伝えるために、今回の指針がある。
  • たくさんの問い合わせのなかで、最も多いのは、漢字の形についての質問。
    • ここに挙がっている漢字があっている/間違っているという問題が世の中では起こっている。
      • 「困」のかまえに、接触しているかいないか。
      • 「困」のなかで、木にはらいがなかったり。
      • はつがしら、つくか、離れる。

 こうした質問がたくさん来るのだそうです。正直、ぱっと見たらわかりません。こうした点についても、指針で検討されています。
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  • 指針で検討したのは、こうした問題が世の中にあるから。
    • ここで見せているのは、すべて教科書の字。教科書によって字が違う。
    • 使っている教科書が違うと、転校したら漢字が×になるというのもありえる。
    • 常用漢字表の考え方からすると、どれも正しい。×にはならない。
  • 常用漢字表本体に、たった7ページだが、字体についての解説がある。
    • その中で、常用漢字表での字形・事態の説明がある。
    • 印刷ではこうだけども、手書きではこうですよ、と詳しく説明されている。
    • 常用漢字表では、同値・同価としている。これが十分に伝わってこなかった。

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 そのうえで、武田さんは、避けて通れないという、字体と字形という考え方について触れます。常用漢字表の考え方は、以下の通りです。

  • 字体
    • 文字を文字として成り立たせている骨組みのこと。社会的に通用するかどうかは、その文字にその文字としての字体が認められるかによって決まる。文字の細部に違いがあっても、字体の枠組みから外れていなければ、その文字として認められる。
    • 文字を文字として成り立たせている骨組みがあるかないか。それが字体。細部に違いがあっても、字体の枠組みから外れていなければいい。
  • 字形
    • 字体が具現化され、実際に表された一つ一つの字の形のこと。字形は、手書きされた文字の数だけ、印刷文字の種類だけ、存在するとも言える。字体は、様々な字形として具現化する。

 なるほど、字体と字形、という形で整理をすることで、漢字の評価についても、ある程度の枠組みができるように思います。

多くの研究者は、字体は抽象的な概念(世の中のさまざまな文字の最大公約数的な、共通するエッセンス)、字形はそれが具体的に現れたもの。人間が手書きすれば、字はぶれるわけで、その数だけ字形はあるだろう、ということ。
常用漢字表としては、正誤として考えるのであれば、字体を外していなければ「誤り」とは言えない、というのが常用漢字表の考え方。

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印刷の文字と手書きの文字を「渡る力」

 武田さんは、そのうえで、最近の問題として、2つのポイントを挙げられます。

  1. 印刷の文字と手書きの文字が、渡れなくなっている。上手に使い分けられなくなっている。
  2. 文字の細部に必要以上の注意が向けられているのではないか。常用漢字表としては、「木」は、はねていてもいい、と言っている。「はねたら字として誤りだ」と思っている人も多い。細部にこだわっている問題。

 手書きの文字よりも、印刷された文字、あるいはディスプレイに表示される文字の方を読むことが圧倒的に多くなっている今、「印刷の文字と手書きの文字を渡れない=同じ漢字だとわからない」という状況はたしかにありそうだと思います。

 世論調査の結果(平成26年 国語に関する世論調査の結果)を見て、以下のようなポイントが紹介されました。

  • 学校で習っているものと、印刷された文字とで、はねたりはねなかったり。世論調査をすると分かれていることがわかる。
    • 漢字については、それぞれの意識がある。
    • 読売新聞に「漢字の とめ はね 甘く見て」というタイトルの記事が出たが、この指針は、「甘く見る」というメッセージではない。
  • 日本人が、漢字のとめやはねを大事にしているということ。そのなかで、文化庁へ電話がかかってくる。ところが、世論調査を見てみると、大切だということでは一致しているが、「どこをとめるのか/どこをはねるのか/どこをはらうのか」については、一致していない。
    • 共通している意識:「漢字のとめ、はね、はらいは大切」
    • 必ずしも一致していない意識:「漢字のどの部分をとめ、はね、はらうのか」

 そのうえで「正しい文字とは?」、どういうものなのでしょうか?

  • 常用漢字表は、「手書き文字と印刷文字の表し方には、習慣の違いがあり、一方だけが正しいのではない。」という立場。
  • 印刷された文字は、読むために特化された文字。そうした形で印刷文字が発達してきている。楷書の文字もまた発展してきている。
  • そこから、習慣の違いが生まれる。ここで、「渡る力」が必要になる。
  • 常用漢字表の考え「漢字の細部の形(=字形)に違いがあっても、その漢字が有すべき骨組み(=字体)が認められれば、誤っているとはみなされない。手書き文字は、多様な形で表される。」つまり、手書き文字は多様な形で書かれるべきだ、というのが常用漢字表の考え。
  • 印刷文字ばかり見る世の中になってきていて、うまく渡れなくなってきている。
    • 中学校の教科書に代表的な例がある。教科書体と手書き文字の中間的な明朝体が、中学校の国語の教科書に出てきている。(学参書体とも言うが、そうしたものが使われ始めている)。学校の先生が困らないように、小学校で学んできたものとの違いに戸惑わないようにということかもしれない。
    • 社会全体は明朝体を使っているので、高校になると明朝体になる。
  • 窓口でも問題が起こっている。手書きで書いて、印刷されたものが返ってくる。また、その逆もありえる。

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 漢字を子どもたち(将来の国民)に教える場である学校で使われている教科書で、どんな漢字が教えられているのか、ということについての調査もあるそうです。

  • 学年別漢字配当表が学習指導要領に示されている。
    • この原版とは違うフォントで、各社の教科書では印刷文字・活字を作る
  • 教科書体 字体・字形比較資料(文化庁国語課 平成27年10月)
    • 現在使われている5社の教科書を時系列で比較調査してみると、文字の形が変わっているのがわかる。「手書きではこう書くのがスタンダードだ」という意識が教科書会社に見える。昭和20年代、30年代の例を見てみると、いろいろな書き方が存在している。
    • これはかつての話だろう…と思うかもしれないが、実はそんなことはない。
      • 「右」という字、ノと口はつくか離れるか、という問題。
      • 「下」も離すか、つけるか、という問題。
  • そもそも、学習指導要領の学年別漢字配当表の中にも、字形の揺れはある。
    • 女と桜
    • 幸と報
    • 登と発
    • 倍と部
  • いずれも、字形の違いであって、字体の違いではない。ここにこだわって教えるべきではない。

 ここでも、戻ってくるのは、字体と字形の話になりました。では、学校ではどのように教えるのか?

文部科学省はどう考えているのか?

 最後に、武田さんは、文部科学省はどう考えているのかについてを話します
文部科学省では、書写では、「一点一画、とめはねに注意して指導する」と言っている。それとともに、指導要領の学年別漢字配当表に示された自体を標準として指導することにしている。しかし、この「標準」も“一つの手がかりを示すもの”であるということが書かれています。
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  • 常用漢字表が改訂されたときにも、漢字指導について通知が出ている。「指導した字形以外の字形であっても、指導の場面や状況を踏まえつつ、柔軟に評価すること」と。受験においても同様に通知が出ている。
  • 文部科学省も教科書通りの字でなくてはだめです、とは言っていない。柔軟な指導が望ましい、というのが文部科学省の方向性。
  • 字は整っている方がいい、美しい方がいい。
    • 字体の正誤の判断と字形の望ましさ。
    • 漢字はコミュニケーションのツール。相手に伝わるかどうかが大事。正しいの範囲の中にも、「美しい」や「整っている」という違いはある。
    • これは主観になることもある。
    • 受験など不特定多数の人が受けるときには、より柔軟に。常用漢字表=日本全国で標準とされているものを考えてください、というふうに言っている。

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まとめ

 非常におもしろかったです。文化庁のWebサイトで公開されている「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」の最後には、全78問のQ&Aがおさめられているそうです。こうした疑問と回答が、より広く読まれればいいなと思いました。

 武田さんが最後におっしゃった言葉がまさにそのとおりだと思います。

 「明日から指導を変えてください」という話ではない。児童生徒の状況、発達段階による違いもある。先生方が「本当はどっちでもいい」と思って教えるのと、「こうでなければならない」と思いこんでいて教えるのとは、違う。指導は今までと同じかも知れない。ただ、評価においては、こうした観点があるということを知っていてほしい。

 先生方は、字体と字形についての観点と、その先にある手書き文字と印刷された文字(とディスプレイに表示される文字)を「渡る力」をぜひ、子どもたちに与えてほしいな、と思います。そのために、どんな漢字指導がいいのか、ということについては、引き続き考えていかなくてはならないと感じました。

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(為田)