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新渡戸文化中学校・高等学校 授業レポート No.1(2023年6月12日)

「確かに教師は馬を水場に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない。しかし、喉が渇く状態は作れるのだ」(Pham 2019)

 この「喉が乾く状態」を学習において作っていくのが学習者エンゲージメントという概念です。学習者の注意を引きつけ、有意義な学習にエンゲージさせることは、すべての教師が抱えている問題でもあります。そのエンゲージメントに特化した授業を山本崇雄 先生が実践していると聞き、2023年6月12日に新渡戸文化中学校・高等学校を訪問し、山本先生が担当する高校1年生の英語エンゲージメントの授業を参観させていただきました。山本先生は横浜創英中学・高等学校で校長補佐として活動しているのに加え、新渡戸文化学園でも週1回授業を受け持っています。

 これまでも、「生徒主体の授業」の重要性は言われてきました。しかし、多くの学校では「1割の探究の時間で生徒主体の授業が行われても。残りの9割の教師主導の授業で主体性のブレーキを踏んでいる」のが現状です。山本先生は、この9割の授業を生徒主体に切り替える試みを続けています。
 ひとつは横浜創英での、学年やクラスの枠を超えた自律学習の授業システム。生徒が目標設定をし、それに向かって学び方を選べる授業です。
 そして、今回紹介する英語エンゲージメントの授業。これはセルフコントロールする力や学習戦略を立てる力などのコンピテンシーを育てる授業で、英語のレベルに関係なく大人数を一斉に教えることができます。実際にこの日も、高校1、2年生が合同で授業を受けていました。
 この日の授業の最初で山本先生は「学びのミライ地図」をスクリーンに映して、「なりたい自分」を目標として設定して、英語の学び方を学ぶことで「自分はできる」という自信をつけてほしい、ということを伝えました。「なりたい自分」という目標設定と自分の可能性を知るメタ認知が揃って自律の一歩が踏み出されるといいます。

 山本先生は、英語の勉強の仕方について授業の冒頭でくりかえし紹介をしているそうです。この日は、「効率の良い勉強の手順」を紹介していました。

 この時間では「授業の受け方」「テストの点数を上げる方法」「効率の良い勉強の手順」「成績を上げる環境の整え方」「ノートの取り方」「三日坊主など脳の特徴を知る」「音読を効果的にする1つの方法」を体系的に体験を通して学んでいくそうです。
 山本先生の授業では、生徒のスマートフォンとiPadはいつも机上にあり、自由に使うことができます。スマートフォンもiPadも禁止するのではなく、自分でコントロールして使えるようになることを目指しています。自分で学ぶための環境を自分で整えることは、自律的に学べるようになっていくための有効な手立てとなると思います。
 ちょっとスマホを触ってしまったり、授業に関係ないサイトを見たりアプリを使ったりすることがあっても、そこから学びの時間に自分で戻れるかが大事だと思います。この価値観を1つの授業だけでなく、学校で共有することに、大きな意味があると思います。

 勉強の仕方を紹介を10分ほどした後で、英文の読解を始めます。「みんなで読んでいく題材は、いろいろなものを使いたい。本当はCNNや映画などを使いたいです」と言う山本先生は、この日は『速読英単語』の文章を題材として使っていました。それは「入試を素材にすることで、入試もリアルな英語も繋がっていると実感させたい」からだそうです。また、多くの生徒はテストに自信をなくし、「入試が難しいもの」という思い込みを持っています。その思い込みを払拭していきたいともお話ししていました。
 プリントを配布してから、英文の音読データを山本先生が再生して、みんなで聴き取ります。プリントには英文そのものは書いていないので、生徒たちは、自分の耳で聴き取れた単語や表現などをプリントにメモしていきます。
 英語を聴いただけでは話の内容をつかめない生徒が多いなか、山本先生は「英単語が3つしかわからなければ、わかった3つの英単語と、プリントに書かれた注釈で書かれている意味を使って、どんな話か想像しましょう。“3つしかわからない”でなく、“3つわかっている”ところから、物語を作っていく力を鍛えてほしいと思います」と言っていました。
 山本先生のこうした言葉には、生徒たちの中にある「英語がわからない」というネガティブなマインドセットをポジティブに変えていく力があるように思いました。実際の英会話の場面では、全部はわからないけど、必死で聴いていくうちにわかっていくこともあるので、実践的だと感じました。もちろん、英語だけの話ではなく、いろいろな場面で活きるマインドセットだと思います。

 次に、自分で聴き取れたことを同じテーブルに座っている3人で共有して、どんな話だったかを話し合います。「“die”って聞こえた気がする…誰か死んだ?」というふうに話し合っていました。聴き取れたことの共有ができたら席替えをします。3人グループの真ん中の人を残して、反時計回りに2人が移動しグループが変わります。別の3人で、さらに聴き取れたことを共有します。
 英語エンゲージメントのクラスでは、高校1年生3クラス全員がバラバラになって座るように、授業ごとに座席が山本先生から指定されています。近くの人と共有する機会を多くもち、頻繁に席替えをすることで、いろいろな人と協働する場面ができます。自分よりも英語が得意な人と交流したり、自分よりも英語が苦手な人と交流したりすることができます。「英語ができるようになりたい」という共通の目的に向かって、誰とでも協働する力はこれからの社会でも求められる力です。

 グループで聴き取れた単語や表現をシェアした後、今度はスクリーンにさっき聴いた英文を文字として映画のクレジットロールのようにスクロールさせて表示し、生徒たちは目で英文を読んでいきます。山本先生は、「耳で聞くよりも目で読む方が得意な人もいます」と言います。自分にあった学び方を見つけてほしい、ということだと思います。
 目で英文を読んだ結果としてわかったことを、グループを変えてまた新しいパートナーと交流し、どんどん情報をシェアしていきます。その過程で「“die”じゃなかったな、スペルが違った」と、読解の間違いに気づく生徒もいました。聴いてわかった英語と、読んでわかった英語を組み合わせて、英文がだんだん理解できるようになっていく体験ができていました。

 ここで、全員で単語の意味をレビューしていきます。「わからない」を「わかる」に変えていく学習法略を手に入れる段階になります。
 英単語→意味→イメージ画像で1セットになっているスライドをスクリーンに映して、どんどん進めていきます。最後に出てくるイメージ画像は少しユーモアも入っていて、印象に残るものが多かったです。文字よりもビジュアルで英単語を記憶する方が得意な生徒もいると思います。
 スライドが最後まで行ったら逆回しで、今度はイメージ→意味→英単語の順で復習します。だんだん生徒たちの復誦する声も大きく聞こえてくるようになりました。

 「パートナーと問題を出し合ってください」と山本先生が言うと、プリントに書いてある単語の表を見ながら、単語の意味を確認していました。

 次に、一人ずつ自分のプリントで「サイト・トランスレーション」(意味の塊ごとに英文と日本語が並んでいる)の穴埋めに取り組みます。

 はやく終わった人は、プリントの「Picture Drawing」の欄に、どんな話だったのかを表すイラストを描いていきます。耳で聴き、目で読んで、練習して覚えた単語の意味を組み合わせて知った英文の意味を絵で描くことができて、さらに「自分で描いた絵を、英語で説明できたら完璧だね」と山本先生は言います。

 これまでの英語エンゲージメントの授業で紹介してきたスキルを上げるワーク(「Small Teacher」「Two-One Method」「Quick Responce」「Read and Look up」「Back Translation」「Question Making」)のなかから、自分の好きなワークを3分間やってみます(詳しい方法は書籍「『教えない授業』の始め方」に掲載されています)。

 プリントを折って文章の最初の数文字/数単語が見えるようにして確認していく方法なども実物投影機で紹介しながら、さまざまなスキルを自分のものにしていきます。一人でする勉強の仕方を具体的に伝えることで英語のテストで点数が上がれば、生徒たちの自信に繋がるので、こうしたスキルを上げるワークについても紹介しているのだと思います。

 次に、スクリーンにもう一度英文を映してスクロールさせます。英文は赤と黒に分かれているので、ペアになって赤部分と黒部分を分担して読んでいきました。

 最後にもう一度、英文もプリントも見ないで、英語の音声を聴く時間をとりました。山本先生は、「成果を感じましょう」と生徒たちに語りかけます。山本先生は、「知らない単語が多い教材だったと思うけど、なじみの少ない教材は世界を広げ、成長に繋がります」と言っていました。
 最初は何語かしか聴き取れなくてメモできなかったのが、いろいろな手段で英文に触れ、クラスメイトたちと交流したり単語の練習をしたりすることで、何も見なくてもわかるようになっている部分があると思います。そこで生徒たちが「成果を感じる」ことが大事なのだと思います。

 この日配られたプリントには、「100回読もう」という欄がありました。山本先生は、「この授業中に4~5回、この文章を読んだと思います。今日が8回目の授業だから、毎回100回読んでいたら、800回英文を読んだことになりますね。必ず変わるから信じてやってみてください」と生徒たちに言っていました。この言葉が大事だと思います。100回読むことは大変ですが、次週までの6日間で1日に10~20回読めば達成できます。「困難は分割する。分割して、大きな数字に届いていく経験を積んでほしい」という意図です。

 今回の授業では、時間を区切っていろいろな活動をどんどんやっていきましたが、これは、まず英語の勉強のステップを全体像としてわかってもらうことがゴールだからだと思います。将来的には、こうした勉強のステップを自分のペースでできるようになることが目指すところだろうと思います。

 授業時間内で、グループを何度も変えて自分たちでどんどん学んでいくようにする山本先生の授業は、著書『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』でも読んでいたので、実際にこうして現在形を見ることができて、大変学びが大きかったです。

 No.2に続きます。
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(為田)