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『「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指して』 ひとり読書会 No.11 「第12章 奈良の学習法に見る個別最適な学びと協働的な学び」(宇佐見香代 先生)

 奈須正裕 先生と伏木久始 先生の編著『「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指して』をじっくり読んで、ひとり読書会として読書メモをまとめて公開しています。今回は宇佐見香代 先生が書かれた「第12章 奈良の学習法に見る個別最適な学びと協働的な学び」です。

奈良の学習法の実践研究の展開

 この章のテーマになっている「奈良の学習法」は、奈良女子高等師範学校(現、奈良女子大学)附属小学校でその実践と研究が創始され、現在に至っているものです。この奈良の学習法が、個別最適な学びと協働的な学びと結びつく、ということが最初に書かれていました。

個別最適な学びと協働的な学びというキーワードに触れたときに、奈良の自律的学習法(以下、「学習法」)を知る人は、これを想起することが多いように思われる。奈良の学習法実践の創始は大正期であり、「令和の日本型学校教育」はそこから100年以上の教育実践研究の蓄積の先にあるものである。本章では、奈良の学習法の理論と実践からこのキーワードにつながるところを取りあげ、わたしたちが学ぶべきと考えるところを提示していきたい。(p.228)

 奈良の学習法の「個で行う独自学習→学級全体での相互学習→さらなる独自学習」というプロセスが続けて紹介されています。

一般に、奈良の学習法は、個が追究を進める独自学習から出発し、学級全体の相互学習を経て、さらなる独自学習へと続く学習経路を辿るが、独自学習においては「個別最適な学び」の展開を、相互学習においては「協働的な学び」の展開を目指すものといえる。(p.228)

 「令和の日本型学校教育」の源流として、大正期から続く奈良の学習法が出てくる。ずっと変わらず、教育に携わる先人たちが積み重ねてきたものがあるのだな、と感じます。

奈良の学習法には「令和の日本型学校教育」につながる理念の源流としての学習論がある。奈良の学習法は「個別最適な学び」の追究のなかで創始され、個性が発揮された子どもたちが「協働的な学び」すなわち教室のなかで共にする相互の学びを通して社会化された自己に育つためのものであった。(p.231)

 ここから、奈良女子高等師範学校(現、奈良女子大学)附属小学校での先生方の実践が紹介されます。すごく前の実践なのに、全然古くない。本当におもしろいなと思いながら読みました。

清水甚吾の実践研究から学ぶ

 最初は、清水甚吾 先生の学級相互学習の実践です。

清水が実践した学級相互学習は、子どもの独自学習における学習事項の発表及び子どもによって作問されたなかから選定された「学級問題」による討議によって、協働的建設的学習を進めていくものであった。清水は、「教師の考えた案による問答式発問式授業」は「教師中心の教授の変形」としてしりぞけ、「児童の向く方向に児童の相互の力で進行し解決する」ことを主張した。また、子どもに対し「もし発表せずにゐたら誤った解釈をしたまま通り過ぎてゐたかもしれない。発表してみると誤りを正して貰ふことが出来る。それで発表して見ることが大切である」とその意義を説き聞かせ、討議は人の欠点を探すのではなく、自己を発表するのであるから、自分の考えを述べたほうがよいと子どもたちにその心得を諭していた。
清水は「児童の発表や討議的学習で学習が立派に進むことが理想」「強いて教師が出て補説する必要はない」「討議の整理も子ども相互にやらせ、教師は原則としてまとめをしない」としているが、一方「児童の発表や討議では不十分と思う場合は児童のみに任せないで教師が出てよい。教師が要点に向かって釘打をすることも必要である」「児童中心の学習であるから教師は説話をしてはならないと囚われる必要はない」「児童の問題だけでは材料の主眼点に一致していないときは環境整理や暗示啓発によって更に児童に問題を考えさせてみる。又、教師も学習者の1人であり且つ学習指導者ということから問題を出して補ってよい」として、「不足を教師が補う」必要も述べている。(p.235-236)

 ここで書かれているのは、清水甚吾『学習法実施と各学年の学級経営』(東洋図書、1925年)からの引用です。1925年といえば100年前ですけど、いまでの研究授業後の協議会で似たような話を僕はすることがあります。ホッとする感じもするし、「そうなんだよ!」と言いたくなるような気持ちもあります。
 ずっと、問いはそこにあって、たくさんの先生方が向き合ってきていて、そこに新しいテクノロジーが入るとどうなるのかを考えていく必要があるのだ、と思います。

今井鑑三の実践研究から学ぶ

 続いて、国語の今井鑑三 先生の実践です。今井鑑三遺稿集編集委員会『子どもが生きているか――今井鑑三遺稿集』(1997年)からの引用ですが、今でも問題意識として持っているもの。言語化されていてすごいと思いました。

「学習形態の改善」として、書くことは「饒舌に話し合って終わるような浅薄な学習に対し、重厚で手固い、読み書きの学習を導入すること」になるとした点を挙げている。(略)「読みつつ書き、書きつつ読む。独自学習といい、ひとり読みという。ここにこの形成が有り、思考の深化があり、生産が行われる。華やかではない。むしろ地味である。つまり地道な学習である。そして、このようなひとり学習、個の学習が前提となって、共同の、協力の学習が開かされる。根拠のある話し合い学習、考え合い、比べ合い、高まり合いの学習が行われる。こうした独自と共同、個別と集団の組み合わせや連鎖によって、学習は堅実な方向に進むと考えられる。その要因となるものは、書く学習といっていいであろう」とした。(p.239)

 授業支援ツールでふりかえりを書いて提出してもらったり、アイデアを書いたり、共有ファイルにみんなで書き込んだり、ICTを活用していろいろできることは増えてきましたが、根本には「書く」と「読む」があるべきだと僕は思っているので、このあたりもとても参考になりました。

奈良の学習法の今後の可能性と課題

 清水先生と今井先生の実践についての文章を読んできて、今でも奈良の学習法から学べることは多くありそうだと思いました。

奈良女子大学附属小学校学習研究会は、2023年2月に『「令和の日本型学校教育」を体現する学校』を発刊したが、そこには現在の奈良の学習法の実践の具体がいろいろな角度から示されている。本章で述べた奈良女附小の先人の実践研究の成果と併せて読者が自校の実践と比較したとき、自校の学校研究課題や自身の実践研究課題を明確に見出す一助となり、そこから各々の探究が始まることを期待している。(p.243)

 『「令和の日本型学校教育」を体現する学校』、読んでみようと思います。

まとめ(というか、気づき)

 名前は知っていたけれど、しっかり調べたことがなかった「奈良の学習法」について詳細を知ることができました。もっといろいろ知りたくなります。そして、こうして先人たちが積み上げてきた実践をテクノロジーでサポートできる部分もたくさんあるのではないですか?と先生方に伝えていきたいです。

 No.12に続きます。
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(為田)