教育ICTリサーチ ブログ

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JAPET&CEC海外調査部会 オーストラリア視察研修報告5「Queenslandブランドの教育を世界に~クイーンズランド州教育省訪問(前半)~」

 第5回の今回は、6月4日の午後に訪問したクイーンズランド州教育省で伺ったお話についてです。

 オーストラリアでは、輸出産業として教育が重要な位置を占めています。その規模は2015年時点で約200豪ドル(約1兆6,900億円)にも上り、「石炭」「鉄鋼石」に次いで3番目の規模を誇ります。
 クイーンズランド州においても教育は輸出産業の中で2番目の規模を占めており、Study Queenslandブランドとして海外市場に展開しています。州政府は教育産業の輸出拡大を目指し、向こう5年間で約20億円以上の予算を獲得投入して、クイーンズランド州の教育を国際的に魅力的なものにするための取り組みを展開しています。

 今回は、教育省の中の情報技術局を訪問し、主に教育におけるテクノロジー支援や、生徒のoutcome(学習の結果)を向上させるための教員のサポート、各種研修や資料の提供など、教育省が取り組むテクノロジー関連の取り組みについてお話を伺ってきました。

世界最大級のデータベース~OneSchool System~

 クイーンズランド州では、カリキュラムや成績管理のためのシステム「OneSchool System」を州立のすべての学校に対して導入しています。これはクイーンズランド州教育省が管理する世界最大級のデータベースで、州立の全学校とそこに通う全生徒に紐づく情報、例えば出欠、時間割、個人のカリキュラム計画、評価、全国学力調査(NAPLAN)の結果から家庭の経済状況、障害の有無や必要なサポートなど、ありとあらゆる情報が記録されています。さらに、過去数年間の成績記録や行動の記録などから、退学兆候の予測なども行うことができるそうです。
 各生徒には個別のIDが付与されており、転校しても識別・追跡が可能です。以前は転校時には紙の書類を送っていたそうですが、電子化することで、簡単に共有ができるようになったとのことです。
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 第1回の記事で、オーストラリアでは全国学力調査の結果が地域や学校別だけではなく保護者の職業や学歴別にも集計されているという話をしましたが、こういった、個人の家庭環境等を加味してカリキュラム設計を行うことは日本の感覚から言うと賛否両論あるところかもしれません。
 ただ、昨今よく言われている「エビデンスに基づいた」教育改善を行っていく上では、データがないと話にならない訳で、好む好まないに関わらず、いずれ日本でも同じような動きが出てくる可能性があります。そういった意味では、全州立学校の全生徒のデータが1つのシステム上で管理され、様々な観点から分析ができるクイーンズランド州の取り組みは1歩も2歩も先を行っていると言えるでしょう。
 クイーンズランド州の公立学校は、このOneSchool Systemを使って教育省に報告する義務があるため、全ての学校で必ず使われています。例えば、第4回の記事で紹介したQueensland Academy for Health Science CampusではMyQAというシステムが使われていましたが、成績の管理にはOneSchool Systemが使われています。
 オーストラリアには様々な校務系や学習系のシステムがあり、それらの相互運用性が1つのキーワードとなっていますが、OneSchool Systemは非常に高いセキュリティで守られており、MyQA含む他のシステムやサービスとの連携は現時点では許されていないそうです。

情報モラル教育(Cybersafety)

 オーストラリアでも生徒のインターネット利用は増加傾向にあり、それに伴ってネットいじめや不適切なコンテンツの投稿などオンライン上でのインシデント(トラブル)も増加傾向にあるそうです。そこで、情報技術局の中には、そういったインシデントを監視するための部署があります。年間のインシデントは450件ほど。FacebookInstagramと連携し、深刻なものは5分以内に削除が可能だそうです。

 また、この部署のもう1つの仕事はパンフレットやワークショップを通じて生徒、教師、保護者にネット上でのトラブル防止や対処法を伝えることです。
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 例えば小学生向けには安全なアカウントの作り方や、ネットいじめからの抜け出し方、何かあった時には大人に相談することなどを教えています。また、高校生向けには、大人といえども無条件で信用してはいけないこと、法律に反する行為とはどのようなものかなどについて。先生向けには、先生という職業が尊敬されるものであるということを踏まえた上で、オンライン上での振る舞いやつながりを意識する必要があるということや、学校のSNSを運用する際には教育省のポリシーが関わってくることなどについて伝えています。
 個人的に特に面白いと思ったのは、高校生向けのキーメッセージで、オンライン上でいかにして自分というブランド(=デジタルアイデンティティ)を築くか、またその価値を高めるためにはどうすればよいかという内容を扱っている点です。
 簡単に言うと「他者からどのように見られるかを意識して振る舞いなさい」ということになると思うのですが、どちらかというと日本では「インターネット=脅威」ととらえ、他者の攻撃から身を守るという文脈で話をされることが多いように思うのに対し、積極的にインターネットを使って自分の価値を発信していこうというポジティブな側面に光を当てている点が大変興味深く感じました。

Minecraftの教育利用

 クイーンズランド州では、生徒の創造性やチームワーク、学習意欲を促進させる効果が期待できるとして、いくつかのパイロット校においてMinecraftの教育利用を始めています。現在パイロット校での実践計画はおよそ半分まで来たところで、150名の先生と、計1,780名の生徒(Year2~12)が参加しています。
 パイロット校になるためには、どの学習分野でどのように利用するかといったカリキュラム計画の提出が必要で、教育省から先生方へのサポートや、先生同士の意見交換はオンラインスペースを使って行われます。
 これまでに実施された授業の例としては、例えば理科のバイオームの学習と絡めて火星で人間が生きていけるかを検証したり、算数の知識を活用して学校のスケールモデルを作ったり、英語の学習で読んだ物語に登場するお城をMinecraftで再現したりといった活動があるそうです。

 実際にパイロット校での先生や生徒の意欲には劇的な向上が見られているようですが、一方で、学習の評価(測定)については難しいという認識のようで、現場の先生方からはどのように評価すればよいのか分からないという戸惑いの声もあるそうです。この辺りは日本もオーストラリアも悩みは同じという感じがします。

 第6回に続きます。
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(東京書籍:清遠)