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『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』 ひとり読書会 No.7「第7章 デジタルメディア協働製作のデザイン」

 C.M.ライゲルース、B.J.ビーティ、R.D.マイヤーズ『学習者中心の教育を実現するインストラクショナルデザイン理論とモデル』をじっくり読んで、Twitterハッシュタグ#学習者中心のID理論とモデル 」を使って、ひとり読書会を実施したのをまとめておこうと思います。

 今回は「第7章 デジタルメディア協働製作のデザイン」を読んでいきます。僕は、この章がとても好きです。

 最初に、リテラシー学習の領域で、教育のデザインを変革するために多様な学習研究を統合するシナジーが進んでいることが書かれていました。この「新リテラシー」の視点を定義する2つの重要なアイデアとして、以下の2つが紹介されています(p.176-177)

  1. リテラシーは心理学的現象としてよりもむしろ、主に社会文化的現象として解釈し直される。
    • リテラシーについての社会文化的解釈は、文章の解読と記号化として捉えることからパライダムシフトする。
    • リテラシーは、社会的、文化的、物質的な文脈によって媒介される生産的、消費的、および交渉的な意味づくり実践として最概念化される。
    • リテラシーは本質的に多様式で、テクノロジー依存的で、常にイデオロギーが伴い、社会的自我に包まれている。
    • なぜリテラシーが実践され、誰のために、何をリテラシーと見なすのかについて教育者の再考を促し、リテラシーの伝統的理解を乗り越えることを求めている。
  2. 「新リテラシー」の視点は、デジタルテクノロジーによって、そこで起こる存在論的シフトに焦点を置いている。
    • リテラシー実践で人々がどのように、そして何を学ぶのかをデジタルテクノロジーが作り変えている。
    • デジタルメディアテクノロジーが意味を作る新しい方法を提供し、それによって人々をエンパワーする。
    • コンピュータとインターネットアクセスを持つ人は誰でも、意味の消費者と生産者との両方の役割で共同体に参加し、創作物を対象者と互いに共有して変化を起こすことができる。

 これら新しいメイキングの形とリテラシー実践には、「参加型文化(participatory culture)」「親近性空間(affinity spaces)」「情熱共同体(passion communities)」「興味関心主導型ネットワーク(interest-driven networks)」など、さまざまな言葉が与えられているが、「いずれも人々のデジタルテクノロジー利用がいかに増えているかについて、状況依存的で社会文化的な解釈を示している」(p.177)と書かれています。
 僕たちはすでに仕事など表現や思考の場面でリテラシー(読み書き能力)のなかにデジタルテクノロジーを組み込んでいるように思います。それはただのワードプロセッシングや計算の自動化などにとどまる話でなく、もっと大きく思考や表現を変えてきていると思います。
 新しいメイキングの形とリテラシー実践の目的として、以下の3つが紹介されていました(p.177)。

  1. 興味関心または領域を共有するインフォーマルな共同体を形成すること
  2. その実践に正統的に(legitimately)参加することを学ぶこと
  3. その共同体とそれを超えて意味のある作品をつくりだして共有すること

 このあとで、新しいメイキングの形とリテラシー実践を行うべく、新リテラシー教授法(New Literacies Pedagogy: NLP)が紹介されます。

 このNLPの普遍的および状況依存的原理が、この章でいちばんおもしろいところだと思っています。以下にまとめます。

リテラシー教授法(NLP)の普遍的および状況依存的原理(p.181-198):

  1. 製作指向の学習アプローチ
    • リテラシー教授法(NLP)は、「意味のあるデジタルメディアの製作者や設計者になるように学習者をエンパワーする」ために、学習者と彼らが創作する外的な作品、ならびに創作活動を行う共同体との間の関係をサポートする学習環境を設計してきた=製作指向のアプローチ
    • 製作指向のアプローチを実現するための提案
      • 作品と学習者との生産的な関係を促進すること
        • 個人的に意味があるとともに、革新的な何かを創造するよう指導者が学習者を手引きする必要がある。
        • 学習者が製作している作品との関係を深めることができるように、指導者は十分な道具と時間を提供すべきである。
      • 学習の設計者としてのアイデンティティを発達させること
        • 設計の文法に従って行われる議論をモデルにし、「学習者が自分の作品について設計者のように考え、語るように奨励する」(p.183)
        • 真正な実践への参加によって動機づけられた設計者共同体の中に学習者を配置する。
        • 同様の問題に取り組んでいる他の人々と勝利や挑戦の物語を共有する機会が必要である。
      • 豊富なメディアがある教育環境で学習者間の協働をワークショップスタイルで推奨すること
        • 製作へアプローチするために、「テクノロジーについての分散したジャストインタイムの導入セッションが必要となる」(p.185)←使う文脈を用意して、そこでスキルを説明する方法が必要になる。
        • 「結果として、技術的道具(ソフトウェアとハードウェアの両方)の選択は、プロジェクトのタイプに依存するのであって、その逆ではない」
        • 指導者は、「別々のスキルとして技術を取り出して学ぶよりはむしろ、製作過程の一部として技術的専門性が得られるように、学習計画を立てなければならない」(p.185)
        • 「新しい技術によって製作作業がより実施しやすく効率的になった。しかし、これらのテクノロジーを利用することで「節約できた」時間は、より創造的な何かを追求することに分配される場合が多い。」(p.185)
  2. 批評と振り返りの重要性
    • リテラシー教授法(NLP)は、「製作過程を通して自然に発生しないかもしれない方法でメタ認知を助長することによって、批評的な認識(critical awareness)を生もうとする」(p.186)
    • 批評の活動を意味ある方法で実現するための3つの方略
      • 批評と振り返りを練習する
        • 批評と振り返りは「学習共同体の日常的な実践でなければならない」(p.186)
        • 「学習者が作品を製作するにつれて、指導者は批評を行うために、予定された機会とインフォーマルな機会とを提供する。これは、特定の時間を批評に割り当て、学習者が生産的な活動を一時的に離れて、自由に建設的な対話に従事できるようにすることを意味する」(p.187)←大賛成。だが、思うようにいかない…。作る/書く経験が増えないと難しいのか、批評する機会がまだ少ないのか、あるいはその両方か…。考え続けているところ。
      • 設計の記録をつける
        • 指導者は設計の記録(design journal)をつけるように仕向けるべきである。
        • 「学習者が彼らの思考の発達を「目に見える」形にし、かつ「意図的にする」のを助ける。」(p.187)
      • メタ表現能力を目指す
        • メタ表現能力を開発するために、科目で課される読み物やインストラクターが作成した参考資料、あるいは専門家によるゲスト講義などを活用するのがいい。
  3. 取り組みの成果を利用する真正な対象者の存在
    • 「学習者に創造的なプロセス全体を通じて常に作品の対象者が誰かを意識し、自分の作品を同僚や一般の人々と共有するよう要請する」(p.191)
  4. 指導のメンターシップとしての再フレーム化
    • リテラシー教授法(NLP)では、「「指導者」と「学習者」の役割と責任が、デジタル文化における分散学習の関係を反映する形でどのように変化しなければならないのかを明らかにするため、メンターシップとして指導を再フレーム化する」(p.194)
    • トップダウン」の指導者モデルを「より公平で建設主義的な学習者の役割」を含むものに拡張し、「指導者と学習者との境界を著しくぼかす」(p.194)
    • 指導者はメンターとなり、「適切なときに学習者に明示的な足場かけとゴールを提供するだけでなく、デジタル作品の製作プロセス全体を通して学習者と協力し、学習者から学ぶ」(p.194)

 最後にあった、新リテラシー教授法(NLP)についてのまとめのところは非常におもしろかったです。ここが、学校ならではの、「学びの共同体」作りと重なるところがあるのではないかな、と思っている。「Learning by doing」などのキーワードとも重なるし、デジタルメディア協働製作は映画作りなどの方によった例がたくさん書かれているのですが、学校内にファブラボを作るケースでも、何かプロジェクトを行う場合やグループで何かプレゼンテーションを行う場合でも、ここで書かれていることは参考になりそうだと思いました。
 環境づくりと、道具と時間を潤沢に用意することが大切なのは間違いないな、と思っています。

 No.8に続きます。
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(為田)