教育ICTリサーチ ブログ

学校/教育をFuture Readyにするお手伝いをするために、授業(授業者+学習者)を価値の中心に置いた情報発信をしていきます。

九州大学 QREC 授業訪問レポート No.4 (2016年10月12日)

 2016年10月12日に、九州大学伊都キャンパスにて行われる、松永正樹先生(九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター (QREC) 特任准教授)の授業を取材に行ってきました。
 今回取材したのは、「テクノロジーマーケティング・ゲーム」という授業の今学期2回めのクラス。StratXというオンラインでできる経営シミュレーションゲームを使って、マーケティングと意思決定スキルを学んでいくというものです。
 見学に行った10月12日の授業では終わらなかったラウンド1。その結果を発表するところから、次回の授業(10月19日)は始まるはずです。僕はこの授業を見ることはできませんでしたが、松永先生に、学生たちがどんな反応だったのか、寄稿していただきました。以下、松永先生による文章を転載いたします。

退屈だけど大切な内容について、学生に注意を向けてもらう一工夫

 10月19日の授業は、この日スタートするラウンド2から「解禁」になるR&D、つまり製品の新規開発コマンドの手順に関する説明からはいっていきました。
 最初にここから授業を始めたのには意図があります。R&Dコマンドでは、いくつも細かな指定をしなければならず、手順も複雑なため、はっきりいえば退屈な内容です。しかし、それらをきちんと理解しなければ当然R&Dをうまく進めることはできません。そうなると、せっかく自分たちのオリジナル商品をつくりたいと楽しみにしていた学生たちもつまらなくなってしまい、結局シミュレーションを用いた授業の学習効果が落ちてしまうのです。
 とはいえ、学生からすると、しちめんどうに思われる手順の説明よりも早くラウンド1の結果が知りたい。どこが1位をとったのか、自分たちのチームの成果はどうだったのか知りたくてうずうずしているのが手に取るようにわかります(笑)。この状態で、先にラウンド1の結果をたとえばプリントアウトして配り、その後でR&Dの説明をするから配布資料を伏せて前を向くようにと指示しても、学生は集中できず、上の空になってしまうことは火を見るより明らか。
 そこでいくら「前を向いて!」「ちゃんと説明を聞いておかないと、あとで自分たちが後悔することになるよ!」と言っても効果は薄い、むしろ「教師の指示や説明は、ときに無視してもたいしたことはない」という良くないヒドゥン・カリキュラムを身につけさせてしまうだけ、というのは教壇に立ったことがある人であれば誰もが想像できることだと思います。なので、あえてラウンド1の結果はまだ見せず、その前に(やや無味乾燥な)R&Dの説明を行った、というわけです。これならば、ほかに注意を向けるものがありませんので学生は比較的よく聞いてくれます。

ラウンド1を終えての学生たちの様子

 R&Dの説明が終わったら、いよいよラウンド1の結果発表に移ります。ここでは、先ほどのR&Dに関する事務的な説明とはうって変わって、ちょっとドラマチックに、学生のみんながこの授業で取り組むゲームを単なる教材ではなく、ワクワクする面白いものだと感じ、没頭できるようにとの思いから、『ガイアの夜明け』や『カンブリア宮殿』といった、ビジネスを主題にしたテレビ番組のナレーションのような話し方を心がけます。
f:id:ict_in_education:20161021144420j:plain

 ラウンド1は、なんと遠隔で参加している福岡大学の学生有志による2チームが、直接授業を受けている九州大学のチームをおさえてワンツーフィニッシュを飾りました。物理的に離れたところから参加する学生もこうして活躍し、クラスの主役になれる場面が生まれるというのはクラウド上で稼働するゲームを使うことの大きな利点だなと感じた瞬間です。
 また、ラウンド1の結果を説明する際には、単に「どこどこが1位でした」「チーム○○の売上額はいくら、シェアは何%になっています」といった数字を羅列するだけではなく、それに対してどんな読み解き方ができるのかも示しながら説明しました(上記画像の右上と左下のスライドの文言をご参照ください)。
 「アクティブラーニング」というと、とにかく素材だけを生徒・学生にわたして、後は自分たちでとにかく試行錯誤させるのが良い、教師からの指導や介入は最小限、できればゼロが望ましいのだ、とする意見もありますが、僕(松永)は別の考えを持っています。というのは、試行錯誤をするにしても、まずそもそもその素材はどういったトライの仕方をすべきものなのかについては教えないといけないと考えているからです。極端な喩えですが、自転車の乗り方を学ぶのに、「自転車とは、サドルに腰掛けてハンドルを握り、倒れないようにバランスをとりつつ、ペダルをこぐことで進む道具である」ということを知らずに、いきなり自転車を分解しようとするのは効果的な学びだとは僕は思いません。ですので、まず「自転車とは」にあたる説明をして、そのうえで実際に乗りこなすところでは存分に試行錯誤をさせ、たくさん転んでもらう、というイメージで授業を設計しています。
 その甲斐あってか、学生たちはただ単に「1位になれなくて悔しい」「最下位だったからやる気をなくした」ということではなく、それぞれの結果から学びを得て、次の戦略を頭のなかで考え出している様子でした。ラウンド1で結果が振るわなかったチームについては、なぜそうだったのかについてより丁寧に説明したこともあり、結果の解説が終わる頃にはみんな早く次のラウンドを始めたくて仕方がない、という前のめりな状態になっていたので、このアプローチはうまくいったのかなと思っています。

StratXを使っての手応え

 今回StratXを使ってみて、いくつか手応えを感じています。
 ひとつは、まさに僕が現在務めている九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター、通称QRECが教育理念として掲げている“Learning By Doing”が実践できること。StratXは世界観がよく作り込まれており、シミュレーションの裏には世界最先端の経営学マーケティング論研究の知見によって磨き上げられた理論モデルがあるため、非常にリアリティがあります。まったく手が出せないほど難解すぎる、ということはなく、取り扱う題材もパソコンやスマートフォンを製造販売する、という誰もがイメージしやすいものでありながら、同時に、簡単に勝ちパターンが見えてしまうので飽きてしまう、ということもない。知的好奇心のある学生なら(そしておそらく中高生でも)「ハマって」しまう、絶妙なバランスでつくられているので、知識を応用させて定着させるアクティブラーニングの実践のためには非常に優れたツールを見つけた、という感触があります。
f:id:ict_in_education:20161021144422j:plain

f:id:ict_in_education:20161021144421j:plain

 ふたつめは、物理的な条件を(かなりの部分)克服して、異なる教育機関をつないだ連携型の授業ができること。
 今回は、『Zoom』という遠隔会議アプリを使って九州大学福岡大学をつないでいます。これによって、物理的には離れていても、九州大学福岡大学の学生たちはお互いに各ラウンドの短い時間内で意思決定を進めようと悪戦苦闘している感じを共有することができます。部活動で筋トレをしていて、苦しくてもうムリだ、と思ったときにふと横を向くと隣にいる仲間も苦しそうにしていた、なんだ自分だけじゃないんだ、と思ったらもうちょっと頑張れた、そんな経験は多くの人が持っているのではないでしょうか。遠隔連携授業の効果はこれから検証する必要はあると思いますが、ふだんの授業では体験できない多様性や刺激がこれによって得られるといった面だけでも、現時点では非常に良い手応えを感じています。
f:id:ict_in_education:20161021144418j:plain

 最後に、StratXは論理的・批判的思考と直観的思考の両方を鍛えるのに適したツールだということが挙げられます。
 StratXでは、各ラウンドのシミュレーションを走らせて結果が出るたびに文字通り何百というデータが数字やグラフの形で生み出されます。それらを読み解いて、打つべき手を2~3つに絞り込むところまでは、論理的に理詰めで分析することが重要です。しかしだいたいの場合、ここでAとBとC、どれも論理的には有効だと思われるが方向性は大きく異なる、どれが成功するかは他のチームの出方次第、という状態に行き着きます。そこからは論理的思考というよりも、相手がどんなことを考えているのか、マーケットを相手の視点になって見てみるとどうか、といった直観や共感力といったスキルが試されることになります。
f:id:ict_in_education:20161021144419j:plain
 このように、論理的思考と直観・共感力という対極にあるスキルを同時に磨きつつ、さらにマーケティングに関する知識の定着もはかれる、というのがStratXを授業に使うことの最大のメリットのひとつではないかと思います。


 この「テクノロジーマーケティング・ゲーム」の授業の進行・詳細はFacebookでも公開されています(https://www.facebook.com/TechMarketingGame/)。また、授業参観の希望は随時受付中とのことですので、クラスの状況を是非現場で直接みてみたいという方は、担当教員の松永先生までメール(宛先:matsunaga@qrec.kyushu-u.ac.jp)で、お気軽にお問い合わせくださいとのことでした。

(為田・松永)