C.M.ライゲルース・J.R.カノップ『情報時代の学校をデザインする 学習者中心の教育に変える6つのアイデア』を読みました。読んでみて興味深かった点、仕事と関連が強そうな点など、メモをしましたので公開したいと思います。
第2章「情報時代の教育ビジョン」
特に興味深かったのは第2章「情報時代の教育ビジョン」です。工業時代と情報時代の社会の決定的な相違点を分析し、今日の世界における教育システムのビジョンを提示しています(しかも、現行の教育システムよりも、より低いコストで実現可能)。
6つのコアとなるアイデアが紹介されています。
- 到達ベースのシステム
- 学びに焦点をあてるために、生徒の学習進度を時間ではなく、学習を基準に測るべき。
- 生徒の評価や記録は、生徒同士を比較するのではなく、彼らが実際に何を学んだかを示すべき。
- 学習者が標準レベルのどの項目を達成したのかが分かるリストやマップなども含む(カーン・アカデミーのように)
- 学習者中心の指導
- 個人の学習ニーズにそった指導が求められる。カスタマイズされた教育。
- 進度の個別化→学習内容の個別化+学習方法の個別化へと拡大
- 広がりのあるカリキュラム
- 育てるべき生徒像は、拡大している。教科の知識だけでなく、教科横断テーマ、学習とイノベーションのスキルや情報リテラシー、メディア・リテラシー、コミュニケーション・リテラシーも含まれる。
- 情緒的発達や身体的発達も含む。
- 新たな役割
- 調和ある人格を育む学校文化
- 思いやりと支援のある教育環境=小規模な学校サイズ、強い絆、複数年にわたるメンタリング、発達レベルによる異年齢混合グループ、楽しめる学習、教師(ガイド)自身の学び、家族支援。
- 組織構造とインセンティブ
「これら6つのコア・アイデアは、教育のために何が可能かを考える刺激材料として取り上げています。地域によってさまざまに異なる方法で実践されるという理解を前提にしています。」と書かれています(p.71)。こうして見ると6つのコア・アイデアの部分部分をすでに実現しつつある教育サービスが生まれつつあるようにも思います。
日本の公教育システムのなかでどれくらいのことが実現できるのか考える際に、コアになるアイデアとしてこうした観点を持っておくことが重要だと思います。特に、「壇上の賢者(sage on the stage)」から「傍らで導く人(guide on the side)」の役割の転換は、EdTechをどう使うか、先生方の振る舞いの変化なので、重要な考え方ではないかと思います。
第3章「新しいパラダイムの具体例」
第3章「新しいパラダイムの具体例」では、上記のコア・アイデアを実践している具体例が紹介されています。
- ミネソタ・ニュー・カントリー・スクール(MNCS)
- NPO「エデュビジョンズ(EdVisions)」を通じて、MNCS教育モデルの導入を支援。
- チュガッチ学区(Chugach School District:CSD)
- アラスカ中南部に点在して住む300人の生徒が学ぶ。生徒の半数以上が地域の支援を受け自宅で学習している。
- CSDには幼稚園から高校3年生まで、1000以上の学習スタンダードがある。
- 数学、読解、作文、科学、社会科学から成る5つの従来型の教科+保健体育、サービス・ラーニング、キャリア開発、技術、コミュニケーションと文化
- 学習スタンダードは、個々人のスキルのレベルにまで細分化されている。(例:読解力では、「単語の最初の音を読む」から「記憶したストーリーを思い出して口頭で再現する」までの基準に分かれている)
- 学習スタンダードは、段階的・連続的に作られていて、一つひとつの段階で求められる基準を満たし、次の段階へ上がっていく。
- 10の学習領域のすべてでレベル4を達成した生徒には、CSDからノートPCが貸与される。各学校には、教室にデスクトップPCが設置され、校内にはiPadラボがある。
チュガッチ学区の、すべての学習領域でレベル4を達成してから、ノートPCが貸与されるというのもおもしろいと思いました。「何ができるようになれば、ICTを使っていい」と評価されるのかが明確になっているというのは、これまで例として知らなかったので、こうした学習スタンダードを日本で活用できるように作ってみるのもおもしろいと思いました。
第4章「どうやって変えていくのか?」
第4章「どうやって変えていくのか?」では、パラダイム転換を促す方略として、「既存の学校を変容させること」と「新たな学校をデザインすること」が紹介されています。
そのなかで、パラダイム転換を引き起こす原則が紹介されています。
- 「マインドセットの変化」の原則
- 「合意形成」の原則
- 多数決ではない。複雑なシステムのパラダイム転換に多数決はうまくいかない。
- 「広範な関係者の当事者意識」の原則
- 変容プロセスは何よりもまず、学習プロセス
- 「創意」の原則
- 新しいパラダイムは、それぞれのコミュニティにおいて、そこにいる関係者によってデザインされなければならない。
- 創意は、教育者たちが各地でつくり上げてきた知見に基づいて検討され、構築されるべき。
- 「理想をデザインする」原則
- 学校はいったん存在しないものと仮定して、理想的な学習経験をつくり上げなければならない状況を想像してもらう。
- 「リーダーシップと政策指示」の原則
- すべての関係者の間でビジョンを共有し、それを遂行するために参加者を力づけ、持続するよう支援し、職能開発などのリソースを必要な時に提供するリーダーシップが、情報時代には求められる=奉仕的リーダーシップ
- 「心構え・理解力・文化」の原則
- パラダイム転換には困難がつきもの。学校システムの心構えと理解力が一定レベルに達するまで、取り掛かるべきではない。
- システムを転換させるために、先行して文化をつくる必要もある。
- 「システムの梃子」の原則
- 一部だけを変えると、より大きな相互接続したシステムとの互換性を失くしてしまう。これを避けるためには、すべての部分を一度に変えること。だが、それは難しい。
- 根本的な機能のいくつかを選んで変化させ、旧来のシステムの残りの箇所に変化するようプレッシャーをかけることならできる?最初に起こす変化は、システムを動かす梃子とならなければならない。教育においては、評価システム、生徒の進度システム、指導計画システム、教師の役割などがこれにあたる。
- 「転換プロセスの専門家」の原則
- 「時間と資金」の原則
- 多大な時間と資金がなければ、変容プロセスは失敗してしまう。
- 「テクノロジー」の原則
ずらりと並んだ原則の中から、「システムの梃子」の原則がおもしろいと思いました。
根本的な機能のいくつかを選んで変化させ、旧来のシステムの残りの箇所に変化するようプレッシャーをかけることならできる?最初に起こす変化は、システムを動かす梃子とならなければならない。教育においては、評価システム、生徒の進度システム、指導計画システム、教師の役割などがこれにあたる。(p.114)
学校それぞれにおいて、どこに最初に変化を起こすか。何をもってシステムを動かす梃子にするのか。これをしっかり計画しなければならないだろうと思います。
まとめ
国ごとに学校のシステムも異なるのでそのまま適用できないものもあります。それでも、考え方であるとか、パラダイム転換のときに必要な方略などについては、とても参考になりました。
詳しい情報については、以下の2つのサイトが紹介されていました。これらのサイトも見ながら、さらに理解を深めていきたいと思います。
(為田)