A・コリンズ、R・ハルバーソン『デジタル社会の学びのかたち Ver.2 教育とテクノロジの新たな関係』をじっくり読んで、Twitterのハッシュタグ「#デジタル社会の学びのかたち」を使って、ひとり読書会を実施したのをまとめておこうと思います。
「6章 教育における3つの時代の変化」を読みましたので、興味深かったところのメモを貼っていきます。章タイトルにもある「3つの時代」は、「徒弟制時代」→「公教育制度時代」→教育が学校外へも出ていく「生涯学習時代」です。
徒弟制度から公教育制時代へと移行したのは、複数の側面で変化があったからです。子どもたちの教育の責任を負うのはだれか、教育のねらいと内容は何か、どのように教え、評価するか、子どもたちに何を学ぶことを期待するかといった側面の変化です。また、学びが生じる場所が変わり、学びが生じる文化が変わり、教師と学習者の関係が変わりました。(p.105)
ここから、8つの変化が描かれていきます。それぞれの変化について、メモをまとめてみました。
- 責任:保護者から政府へ そして学習者自身と保護者へ
- 「生涯学習時代の現在、教育に対する責任は政府から、保護者(小学生までの子どもたちの)や、学習者自身(中学生以降から大人)に戻ろうとしています。この動きは、特定の学習者のニーズや興味、能力に応じて教育をカスタマイズする重要性を反映しています」(p.106)
- 「DIY的に自分で学びを組み立てていくようなこの動きは、10代の頃から高等学校の学校外で始まります。ビル・ゲイツが高校時代、コンピュータのプログラミングに時間を費やしていたのは有名です。高校ではいくつかの選択肢が用意される程度ですが、テクノロジは10代の個人的な熱い思いを追求する活動を用意にします」(p.106-107)
- 期待:社会的再生産から全員の成功へ そして個人の選択へ
- 公教育制度ができたときには、「すべての子どもが学ぶことができる」ことが重要だった。
- 「現在、教育に対する期待は、もう一度変わり始めていると私たちは考えています。全員の成功を目標とした教育は、現在まだ広く存在しています。しかしながら、10代や大人たちは自身の生活や教育に対する責任をより多く引き受けているため、多くの学校はあらゆる家庭に対して、より良い教育機会をつくり出すことに苦労しています」(p.108)
- 「生涯学習時代では、人々が、どのような種類の教育を受けるのかを自分で選ぶような状況に時代が向かいつつあります。学校は、正規の学習を担う重要な役割を維持し続けますが、あくまで一部分となるでしょう」(p.109)
- 内容:実用的スキルから学問的知識へ そして学び方の学習へ
- 「大人が必要とするすべての知識を、学校が人々に教えるのは不可能です。新しい知識の増大や、教育に対する需要の高まりに対して、毎年のように学校を拡張していくことは、現実的ではありません。それゆえ、学び方についての学習と、役立つリソースを探す方法を学習することは、教育目標として最も重要になっています。」(p.110)
- 1991年にアメリカ労務省が出したスキャンズ・レポートでは、コア・コンピテンシーとよぶ5つの領域を人々は学ぶべきだと主張(p.110-111)
- リソース:リソースを見定め、整理し、企画し、配分する
- 人間関係:他者とともに働く
- 情報:情報を収集し活用する
- システム:複雑な相互関係を理解する
- テクノロジ:さまざまなテクノロジを用いて働く
- 「これらの新しいコンピテンシーは、基礎スキル、思考スキル、そして責任感や誠実性などの資質を土台として構築していくべきだと主張しています」(p.111)
- 方法:徒弟制から講義形式へ そして相互作用へ
- 「生涯学習時代の教育方法は、インタラクション(相互作用)を活用する方向で発展しています。これには、チュータリングシステムやテレビゲームのような優れたテクノロジ環境下でのインタラクションや、ネットワークを介した対人間のインタラクションもあります」(p.113)
- 「コンピュータは、1対1の社会的なインタラクションの豊かさや細密さを置き換えることはできません。しかし、ネットワークは、大量生産型の教室には欠けている社会的なインタラクションの一部を提供することができます」(p.113)
- 評価:観察からペーパーテストへ そして状況に埋め込まれた評価へ
- 「生涯学習時代では、評価は再び徒弟制のように、学習者の関心や能力をカバーするようになり始めています」(p.114)
- 場所:家庭から学校へ そしてどんな場所でも
- 文化:大人文化から仲間文化へ そして年齢ミックス文化へ
- 「教育が関心に基づくオンライン文化と結びつき、熟達レベルや年齢が異なるメンバーとの間で行われるようになるにつれて、学習は地元の仲間文化からの影響が小さくなると考えられます。イトウらは、5章で紹介したように、新しいメディアで文化の多様性について考えるための方法として、たむろする、いじくり回す、夢中になる、のカテゴリーを示しました。イトウの言う「たむろする」から「いじくり回す」への移行は、異なる年齢の人々が一緒に学んでいる状況をより生み出す可能性があります。新たな年齢ミックスの学習文化を築くことにつながるでしょう」(p.118)
- 関係性:個人的結びつきから権威者へ そしてコンピュータを介した相互作用へ
- 「公教育制度において、子どもたちと先生は、学年の年度初めに新たな関係を築かなければなりません。彼らは最初は見知らぬ他人であることを考えると、多人数に対して一人という生徒と先生の比率では、徒弟制でみられたような関係を構築するのは困難です。生徒たちと持続した学習関係を築く能力は、権威性をもってクラス運営をうまくできるかどうか次第です」(p.119)
- 「生涯学習は、徒弟制による関係性の特徴のいくつかを取り戻しています。生徒たちは、ウェブコミュニティに参加したり、遠隔教育コースを受講したりするときに、共通の関心に基づいて教師や他の生徒たちとインターネットを介して交流します。これらのインタラクションは、徒弟制ほど豊かではなですが、多くの場合、学校での先生と生徒の間での限られたやり取りよりも豊かです」(p.119)
徒弟制時代→公教育制度時代→生涯学習時代と変化が進んでいるわけですが、僕は個人的には、生涯学習時代になっても、公教育制度時代の「政府が責任をもつ」というのはある程度継続していかざるを得ないと思っています。
こんなきれいに公教育制度時代→生涯学習時代と変わらないと思うけれど、子どもたちが自分に合う学び方で学べるように、デジタルを使って公教育で学ぶのと学校外で学ぶのとの行き来が自由になればいいと僕は思っています。 #デジタル社会の学びのかたち
— 為田裕行 (@Hiroyuki_Tameda) October 30, 2020
全部新しいシステムに移行させようとするのではなく、公教育制度時代の学校も残して、自分に合う制度を選べるようになればいいと思います。ただ、公教育制度を残すのは「いまのままでいい」というのではなく、選択肢として残すということなので、変わっていってはほしいと思っています。いろいろな学校でのいろいろな学び方が選べるように、テクノロジーを使っていければというふうに思いました。
No.7に続きます。
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(為田)