2018年6月4日、ブリスベン郊外にある公立小学校、Hilliard State Schoolを訪問しました。この日はとてもいい天気。オーストラリアでは冬にあたる季節ですが、日差しの強さもあり、むしろ暖かさすら感じる心地よい気候です。
学校に入って驚いたのですが、とにかく広くて緑が多い!
校舎も日本のように1か所に固まっているわけではなく、広い敷地の中に点在しています。青い空の下、明るく開放的な雰囲気が漂っていました。
この学校では、2011年からICT化の取り組みを始めました。計画を推進してきたのは副校長のJason先生で、「世界でトップの学校を目指す」という目標の基、iPadによるBYOD(BYO iPad)を進めてきました。その成果もあって、Apple Distinguished School (Appleが考える、世界で有数の革新的な教育機関)にも認定されています。
教室は大きなおもちゃ箱!~year4:Technologies~
最初に見学させてもらったのはyear4(4年生)のTechnologiesの授業。図書館のように本がたくさんある教室の中、児童が思い思いの場所で活動しています。
こちらはDashというロボットを使って迷路を抜けるためのプログラムを作っているグループ。
また別の場所では、動画作成をしているグループもあります。教室の傍らにはグリーンスクリーンが設置されており、クロマキー合成ができるようになっています。
このように、このクラスでは取り組む課題も、使う道具もグループによって全く違います。教室の中には実にたくさんの教材や教具が所せましと置いてあり、まるで大きなおもちゃ箱のようです。
ロボットプログラミング用の教材1つを取っても、上で紹介したDashの他に、レゴやBee Bots、Coder MIPなど実に様々な種類があります。一人一人のやりたいことや、やりやすい方法に合わせて使うものを選択できるようになっているそうです。
日本の学校だと、ある程度課題も使う教材や教具も統一されていることが多いですが、このように自分の興味ややりたいことに合わせて好きな物を選べると、学習に対する意欲も変わるかもしれません。
楽しみながら学ぶというスタイルが教室の雰囲気からも児童たちの様子からも伝わってくる授業でした。
個人の進度に合わせた学習~year4:英語、算数~
続いて見学したのは4年生の英語と算数の授業。といっても、2クラスを見たわけではありません。このクラスでは1クラスの中でいろいろな課題に取り組んでいます。例えばこれは英語のスペリングのゲームに取り組むグループ。
また別の場所では、アプリに吹き込まれた音声を聞き取って質問に答える活動に取り組むグループもあります。アプリから流れる音声は、紙のテキストの内容に合わせて先生が自分で吹き込んだものです。
さらに奥の小部屋では九九の百ます計算のような活動をしているグループもいました。九九の式と答えが軽快な音楽に合わせて歌い上げられ、それを聞きながら答えの丸付けをしています。
このように、全員で同じ課題・進度で学習するのではなく、同じクラス内であっても児童によって取り組む内容も進度も違います。授業の中でどのような活動をするのかは、先生が決めることもありますが、児童自身で決めることもあるそうです。オーストラリアは多民族国家であり、中には英語の理解が十分ではない児童もいます。そういった多様性の高さも背景にはあるのかもしれません。
入学前からICTの活用に慣れさせる~year1・Prep合同クラス~
続いて見せてもらったのは1年生と就学前準備学級(Prep)の合同クラスです。Prepについては第1回の記事で少し書きましたが、小学校に上がる前の準備期間として通う就学前準備学級のことです。オーストラリアの多くの学校にはPrepクラスが設置されており、小学生と同じ敷地内で学習します。
この日見学した授業では、Prepと1年生の児童が同じ教室の中で学習していました。日本でもいわゆる「小1プロブレム」が問題になっていますが、こうやって少しずつ学校に慣れていくというのはとても面白い取り組みだと思いました。
そして、当然のようにこのクラスでもiPadは大活躍です。グループごとに課題は違いますが、多くのグループではiPadを使った活動が行われています。
例えばこちらのグループでは、先生が作成したe-bookを教材として児童に配布しています。
児童は先生が作成した教材の上にペンを使って書き込みをして、アプリを使って先生に提出します。オーストラリアの学校では日本のような教科書は使われていません。この学校では、こういった生徒に配布する教材なども先生が作り、お互いにシェアしながら授業をしています。
この学校の先生方も最初からテクノロジーを使いこなせたわけではなく、特に最初のころは教材作成に苦労したそうです。お話を伺った女性の先生は「今ではテレビを見ながらでもできるようになったわ!」と笑っていました。
信頼して任せる文化が大切
このように、この学校ではPrepの段階から、iPadを積極的に使わせることでその使い方に慣れさせていきます。授業で使うアプリのダウンロードや設定、端末の管理は本人と保護者に任されており、仮に授業中に不具合等で動かなかったとしてもそれは本人の責任となります。日本の感覚からするとやや乱暴にも思える対応かもしれませんが、日本でも学校で使う文具をそろえ、使える状態にして持っていくのは保護者や本人の責任であるのと同様に、「文具としてのiPad」という考えが確立された環境ではむしろ当然と言えるのかもしれません。
また、インターネットへの接続についても、この学校では原則自由です。全ての児童のアクセスログは記録されており、Jason副校長が全児童のログをチェックしていますが、ほとんど問題は起きていないそうです。
こういった、端末やアプリの設定、インターネットへの接続についての問題は、日本でのICT活用を進める上での大きな問題となっています。しかし、この件についてJason副校長は「信頼して任せる文化が大事」だと語ります。好む、好まないに関わらず、これからの時代の子供たちはデジタル技術との付き合い方を学び、それを活用していく必要があります。いずれ立ちふさがる壁ならば、小さいうちからしっかりと学んでおいた方が本人のためになるのかもしれません。
もちろん全てがうまく行っているわけではなく、課題もあります。
例えば、日本でもタブレット端末やデジタル教材を導入することで学力が向上するのかという点が問題になることがありますが、テクノロジーの活用と全国学力調査の結果との関係についてはまだ何とも言えないそうです。
また、日本では2年生で学習する九九を4年生に相当するクラスで学習しているなど、授業の進度という観点から見ると日本よりもやや遅く感じられます。また児童の主体性に任せる部分が多いこともあり、中には間違いに気づかずに放置してしまっている場合も見られました。また、公立の小学校でありながらiPadを保護者負担で用意させるという方策をそのまま日本に持ち込むのは相当難しいでしょう。
しかしそれらを差し引いても、楽しそうに授業を受ける子供たちと教室の様子はとても印象的でした。知識や技能を伝えることの重要性は言うまでもないですが、同時に学ぶことの楽しさを知り自ら学ぶ子どもを育てることは簡単ではありません。この学校を卒業した子供たちが将来どんな大人になるのか、是非見てみたいと思わせられる事例でした。
第3回に続きます。
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(東京書籍:清遠)