今井むつみ先生の『英語独習法』を読みました。今井むつみ先生の講義を大学時代に受講していました(科目名は「認知学習論」でした)。以後、今井先生の著書は読んできていて、「どう学ぶのか」という仕組みは、教材を作ったりカリキュラムを設計するのに参考にしようといつも思っています。
そんな今井先生の新著が『英語独習法』です。仕事で英語を使っていて、ミーティングでなかなか言いたいことを言えずに苦労をしているので、タイムリーで、飛びつきました(笑)
関心があったところのメモを公開したいと思います。
この本は、英語の勉強法の紹介とはちょっと違います。今井先生の専門領域である、「どうやって学ぶのか」という観点から、英語学習について知ることができる本です。
人は世界をどのように見て、見たことを記憶しているのだろうか?
この問いは、一見、英語学習に直接関係ないことに思えるかもしれない。しかし、英語でも、記憶や理解の認知のしくみを反映した学習法や指導法は大事なはずである。「わかりやすく教えれば、教えた内容が学び手の脳に移植されて定着する」という考えは幻想であることは認知心理学の常識なのである。
ところが、英語教育の先生方が提唱するメソッドの中で、情報処理のしくみ、認知バイアスや理解のしかたを考慮しているように思えるものはあまり見当たらない。(p.3)
スキーマとは何か?
この本のなかで、何度も出てくるのが「スキーマ」という概念です。
本書でもっとも大事な概念である「スキーマ」について、ここで紹介しよう。スキーマというのは認知心理学の鍵概念で、一言でいえば、ある事柄についての枠組みとなる知識である。
スキーマは「知識のシステム」ともいうべきものだが、多くの場合、もっていることを意識することがない。母語についてもっている知識もスキーマの一つで、ほとんどが意識されない。意識にのぼらずに、言語を使うときに勝手にアクセスし、使ってしまう。子どもや外国の人がヘンなことばの使いかたをすれば、大人の母語話者はすぐにヘンだとわかる。しかし、自分がなぜそれをヘンだと思うのか、わからない。母語のことばの意味を説明してくださいと言われたときに、ことばで説明できる知識は、じつは氷山の一角で、ほとんどの知識は言語化できない。これは、自転車に乗れても、脳にどのような情報が記憶されているから自転車に乗れるのかが私たちには説明できないのと同じことだ。
大切なことなので繰り返すが、「使えることばの知識」、つまりことばについてのスキーマは、氷山の水面下にある、非常に複雑で豊かな知識のシステムである。スキーマは、ほとんど言語化できず、無意識にアクセスされる。(p.27-28)
無意識にアクセスされる豊かな知識のシステムである「スキーマ」。英語を話せる人に、「a と theの違いって何?」とか「なんでこのときは過去形じゃなくて現在完了形なの?」とか訊いてみると、だいたい最終的には、「こういうもんなんだよ。なんか、こっちじゃないと変なの」と言われることがありますが、その秘密がまさにこのスキーマの存在だと思います。本当におもしろい。
そのなかで、語彙が果たす役割の大きさについても書かれていました。生きた英語をやりとりするのも、英語のミーティングをするのも、何にしても僕は自分自身に足りていないのは、まさに「語彙」だろうなと思っていたので、非常に興味深く読みました。
「ある文脈で言いたいことを表現するのにもっとも適切なことばが選べる」ためには、二つのことが重要である。一つには、個々の単語の意味をバラバラに覚えているのではなく、互いの意味の類似性と差異が理解できていること。もう一つは、それぞれの単語がもつ意味の広がりを理解し、それぞれの使いかたの文脈を知っていることだ。
(略)子どもが母語の動詞を覚えるときは、まず構文と名詞(主語と目的語)に注目し、文脈から動詞の意味を考える。しかし、外国語を覚えるときは、母語に訳された語義が与えられ、それだけを覚えようとする。だから動詞を使ううえでもっとも大事な構文や共起する名詞についての知識は、その動詞についての知識として入ってこない。一つや二つの訳語を知っているだけの知識は、氷山どころか、薄っぺらい板のようなものなのである。(p.54)
僕は日本語スキーマを使って日本語を話しているわけで、英語を話しているときでさえ、日本語スキーマに縛られていることになります。これを認識して、日本語スキーマと英語スキーマを行き来できるようになるためにどうすればいいのか、ということについても書かれています。
日本語スキーマを当てはめていることに気づかずに英語のアウトプットを続けていては、いつまでたっても上達は望めない。
最終的には英語スキーマが、母語スキーマのように身体の一部となり、無意識に使えるようになるとよいのはもちろんである。しかし、そこに至るためには、次のステップを経る必要がある。
- 自分が日本語スキーマを無意識に英語に当てはめていることを認識する。
- 英語の単語の意味を文脈から考え、さらにコーパスで単語の意味範囲を調べて、日本語で対応する単語の意味範囲や構文と比較する。
- 日本語と英語の単語の意味範囲や構文を比較することにより、日本語スキーマと食い違う、英語独自のスキーマを探すことを試みる。
- スキーマのズレを意識しながらアウトプットの練習をする。構文のズレと単語の意味範囲のズレを両方意識し、英語のスキーマを自分で探索する。
- 英語のスキーマを意識しながらアウトプットの練習を続ける。
ポイントは「意識」と「比較」である。最終的には意識しなくても自動的に英語スキーマが使えるようになりたい。しかし、最初のうちは、日本語スキーマとのズレを意識し、さらに、英語スキーマを働かせることを意識しながら練習を繰り返すことを続ける必要がある。この過程を経て、初めて英語スキーマは身体の一部となって、無意識に自動的に使えるようになるのである。(p.78-79)
ここまで読んできて、この「英語スキーマ」を認識し、英語スキーマを働かせるようにする工夫が、学校での英語教育にどうやって入れられるかな、というのも考えました。ただ英会話のロールプレイをするのでもなく、英語スキーマを組み込んだりするにはどうすればいいのだろう。みんなで一緒に同じ単語を覚えて、それを使った会話を練習して…というのだけで足りるのだろうか、と感じました。僕は個人的にある程度の英語スキーマを手に入れられなければ、仕事上不都合があるので、いったいどうやったらいいのだろう、と考えながら読みます。
SkELLを使って語彙を育てる
英単語の意味を一対一対応でただ覚えていくのではなく、英語スキーマを作るために、語彙をどう手に入れていくかについても書かれていました。
第3章で、アウトプットができることばを支える知識――氷山の水面下の知識――として少なくとも以下の六つの要素が必要であると述べた。
- その単語が使われる構文
- その単語と共起する単語
- その単語の頻度
- その単語の使われる文脈(フォーマリティの情報を含む)
- その単語の多義の構造(単語の意味の広がり)
- その単語の属する概念の意味ネットワークの知識
英語スキーマを作るには、それぞれの単語について上の六つの要素を調べるところから始める。複数の単語について深く調べていくと、それらの間に共通のパターンが浮かび上がってくる。それが英語スキーマとなっていくのである。(p.82-83)
この6つの中では、1が最も大事で、次に2 3が特に大事になるそうです。「だから、重要単語については123に注意を向けて調べる」と今井先生は書いています。
ここで、SkELL(Sketch Engine for language learning)というオンラインのコーパスが紹介されていました。このSkELLで調べたい単語を入力すると、例文がたくさん表示されます。
また、どんな言葉と一緒に使われるか、ということも簡単に調べられます。これは、辞書をひくのとはまた全然違った体験だと思いました。非常におもしろい。どうしても同じような言い方ばかりしてしまいがちで、きっとヘンな英語を僕は話していることが多いのですが、豊かな表現をこうして知ることができるのはいいことだと思います。
「熟見法」で語彙を育てる
学校の英語教育では4技能を育てていくということを重視していて、僕が学校で英語を学んでいた頃とはやっていることも会話が中心になっていると思います。でも、教室での多少のロールプレイくらいでは、全然英会話には足りないように僕は思っています。
では、どんなふうに英語をトレーニングしていけばいいのか。今井先生は、ここでも「語彙」だと言います。
結局、語彙を育てることが、アウトプットできる英語力をつけ、さらに読む、聴く、話す、書くの4技能をバランスよく育てるためにもっとも大事なことだ。ところが多くの人は、多読、多聴で語彙が増えると思っているらしい。英語の学習、教育について、いろいろな人と話す機会が多いが、そのとき、一般に信じられていること――「神話」といってもよいかもしれない――が認知心理学的には何の根拠もない、あるいは誤ったものであることに、ショックを受けることがしばしばある。多読、多聴神話はその最たるものである。(p.143)
こういう科学の面から学習を分析しているのが、ものすごくおもしろいと思います。
多読をしているときの認知プロセスを考えると、多読によって多くの単語を覚え、アウトプットに使える語彙を作ることができるというのは考えにくい。多読学習は、ほとんどの単語を知っている文章の中でたまに出てくる知らない単語の意味を、読み取った内容と、自分がもっているスキーマを使って推測する練習だ。それ自体は非常に重要な能力なので、多読の訓練はすべきだ。ただし多読学習は、文章のレベルが、その学習者にとって辞書を引かなくても理解できるように適切に設定されていることが前提である。文章のレベルが学習者に合っていないと、多読学習の意味がなくなってしまうので、注意が必要だ。(p.146-147)
今井先生は、「語彙を育てるには多読ではなく熟読」と言います。読むことから、どのようにして語彙を増やしていくのか、ということについても書かれています。
リーディングから語彙を増やすにはどうしたらよいか。それには、一度読んで文意を読み取って終わりにするのではなく、何度か読み返すことである。
一度目は多読の作法にのっとり、辞書を引かずに読み通し、内容を読み取ることに集中する。そのとき、自分が知らない気になる単語があったら、とりあえずマークだけしておく。
二度目はゆっくりと読み進め、マークした単語をまず辞書で調べて、一度目に読んだときに推測した意味が正しいかどうか確かめる。長い文章だったら、一部分だけでもよい。辞書を引くときは、最初の語義だけではなく、最後まで目を通し、どの語義がその文に当てはまるかを確かめる。
そして、もう一度文章を読み直し、辞書に書かれていた意味がほんとうに文脈にあっているかを吟味する。
ここまですると、その単語に対して深い情報処理がなされ、単語の意味が記憶に定着する可能性が高い。気になる単語はさらにWordNetやコーパスで深堀りをして、同じネットワークに属する関連後や類義語を調べ、それらとの違いを考えると、究極に深い処理がされ、英語スキーマの気付きにつながり、記憶にしっかり定着するはずだ。(p.147-148)
これは、なかなか時間がかかりそうだ…。こうなってくると学校の英語の授業だけではやっぱり時間が足りないんじゃないだろうか…と思ってきました。仕事で英語を使っている人、やっぱりどっぷりじゃないと大変でしょうか…。僕はどうしたらいいのだろう…と心が折れそうです(笑)
まずは自分のいまやっている仕事の分野で、ミーティングに出てくる語彙、渡される資料に出てくる語彙から、どんどん広げて多読していくしかないか…。こういうところは、ネットを使ってどんどん広げられるので、コーパスと合わせてとりあえずやってみようかと思いました。
また、今井先生は、「熟見法」というのを効果的として勧めていました。ちょっと長いですけど、引用します。
そこで次のような方法をお勧めする。まず、字幕なしでその映画を通しで見て、その映画が自分の英語力のレベルにあっているかを見極める。字幕なしでもスキーマを補えばなんとか内容がわかるレベルの映画で、何度見てもよいと思えるほど気に入った内容であれば、全部のセリフの聴き取りを目指して、繰り返して見る。「(熟読ならぬ)熟見」である。
「熟見」するとき、最初は日本語字幕つきで何度か見ることから始めることをお勧めする。そのときに聴き取れない部分を覚えておき、その部分を繰り返して見る。それでもどうしても聴き取れない単語やフレーズがあったら、そこで初めて英語の字幕に切り替える。日本仕様で作られている映画DVDのほとんどは、日本語と英語の両方の字幕があり、これが熟見法にとって大きな利点である。
最初は字幕なしでチャレンジし、それから英語の字幕を見たらよいではないか、と思う読者もいると思う。しかし、最初に日本語字幕つきで見ることには認知的にきちんと理由がある。まず、日本語の字幕からどのような意味のことを言っているのかがわかると、意味を理解しようとする認知の負荷が減る。軽減された情報処理のリソースを、単語一つ一つを正確に聴き取ることに振り向けることができるのである。セリフを意味のレベルで大雑把に理解するという作業から、丁寧に一語一語聴き取るという別のレベルの認知処理に切り替えやすくなる。
次に、予測がしやすくなる。日本語の翻訳を見ることによって、次に何を言うかを予測しながら英語を聴くことができる。予測すること自体、深い情報処理を必要とするので、聴き取った単語や文が記憶に残りやすくなる。日本語字幕で聴き取れるところまで頑張り、最後に英語字幕を見ると、たいていびっくりする。日本語字幕を見ながら認識できないセリフには、予測できなかった単語や言い回しが含まれていることがほとんどである。この経験が語彙の増強につながる。予測が裏切られたとき、もっとも深い情報処理が起こり、記憶に深く刻印されるのである。(p.150-152)
kの最後の、「予測が裏切られたとき、もっとも深い情報処理が起こり、記憶に深く刻印されるのである」という部分、たしかにそうかも、と思います。この「熟見法」は、エンターテイメントコンテンツを使ってやれそうなので、Amazon Primeに入っている30分英語ドラマを使ってやってみようと思います。
まとめ
「自分の英語力をなんとか上げたい」という動機で読み始めたのですが、途中で「学校での英語教育のヒントになるかな」ということも考えながら読みました。オンラインコーパスはネット上にあるのでICTを活用しての英語授業としてもできそうだと思いました。
まずは自分でこの本で紹介されていた独習法をやってみようと思います。自分でやってみてこそ、効果がわかるし、仕事でも使える英語力の向上を目指していきたいと思います。
(為田)