ある小学校の小学校5年生と6年生が取り組んでいる総合的な学習の時間で「なぜ勉強をするのか」をテーマに学習を進めていて、その一環で探究活動の1つとして「色々な方に尋ねてみて意見を伺う」ため、「なぜ勉強するか」についてのメッセージをに向けてください、という依頼をいただきました。
いろいろと断片的に考えてきたものはあったものの、自分なりにしっかり形にしてみたことはなかったので、いい機会だと思って、書かせていただくことにしました。以下に送ったものをそのまま載せたいと思います。
「なぜ、勉強するのか?」
「勉強」という言葉は、年によってイメージがけっこう違うと思っています。「勉強する」のは、小学校に入ったころはとにかく楽しい人が多いように思います。それからだんだん、「勉強する」のが嫌いになっていく人が多くなっていくように思います。
僕は、大人になってから「勉強する」ことが好きになったと自分で思います。それは、勉強が「自分のため」にするようになってきたと思います。
自分のための勉強は、どちらかというと楽しいです。自分が知りたかったことを知ることができたり、自分ができなかったことができるようになったりするからです。テストもありません、〆切もありません。自分のためだけに、勉強できるからです。もちろん、大人になって自分のために勉強するようになるまでは、先生が「これをやりなさい」と言ったものを勉強していました。でも、それも意味が全然なかったとは思いません。先生が教えてくれたことは、いま自分のための勉強をするときに役立っていることもたくさんあるからです。もし、あのときに「そんなのいやだよ」と勉強をやめていたら、いまの「勉強って楽しいな」と思っている自分はいなかっただろうな、と思うからです。
漢字をたくさん知っていることも、計算がはやく正確にできても、たくさんのことを知っていても、それだけではあまり意味がありません。
でも、漢字をたくさん知っていて、計算ができて、たくさんのことを知っていれば、自分のための勉強をするやり方の「もと」にできることが多くなると思います。だから、「なぜ、勉強するのか」への答えは、「いつか自分で楽しいと思える勉強に出会うときのための準備」だと思います。
為田裕行
けっこう一生懸命考えて書きました。すべての子に「ああ、そうか」と思ってもらえるものじゃないかもしれないけども、「勉強すること」「学ぶこと」について考えてもらうきっかけになればいいな、と思います。
また、自分でもこうして改めて書いてみて、いろいろと気づくこともありました。ありがとうございました。
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実は、公開をしようかな、と思ったのは、同じ活動に参加をされていた、中山さんのnoteをFacebookで見たからです。中山さんの書かれた文章も素敵です。
note.com
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こうしてたくさんの人の「なぜ、勉強するのか?」を読み比べるのって楽しそうだな、と思いました。
(為田)