教育ICTリサーチ ブログ

学校/教育をFuture Readyにするお手伝いをするために、授業(授業者+学習者)を価値の中心に置いた情報発信をしていきます。

『「知らない」のパフォーマンスが未来を創る』で読んだ、学校はABCからXYZになるべき、という話

 週末に、ロイス・ホルツマン『「知らない」のパフォーマンスが未来を創る 知識偏重社会への警鐘』を読んでいました。

 学校は、「知ること」に意味を置きすぎているのではないか、という話で、そこに囚われず、「知ることに頼らない成長(non-knowing growing)」が重要だ、という内容に、「ああ、そうかもしれないなあ」と思いながら読んでいました。

知ることが、目的を達成する手段だけでなく目的そのものとなってしまうことがあります。そしてそれは自分自身そして自分の夢や考えを想像できる範囲にとどめてしまい、それを超えて成長し新しいことを学びつづけることを止めてしまいます。また、私は異なる別のものを生み出すとき、なにか自分が知っていることを使う方法を学びました。そこで私は自分自身やほかの人と共に世界にいるこの方法を「知ることに頼らない成長(non-knowing growing)」と呼ぶようになりました。(p.17)

 そのなかで、5つめの章のタイトルが「ばかげているのは、子どもではなく、学校だ」となっていて、なかなか衝撃を受けました。僕は、学校を中心とする公教育システムに期待をしているので、そんな書き方しなくても…と思いながら読んだのですが、そこで書かれていた、学校のABCについてのところ(p.61)は「上手なまとめだな」「気が利いているな」と思ってしまいました。

基礎基本から始めましょう。入門(ABC)のABCです。

Aは、権威主義(authoritarianism)と獲得(acquisition)と年齢別集団(age groups)と能力レベル(ability level)のA。
Bは、境界(boundaries)と行動(behavior)と退屈(boredom)のB。
Cは、コントロール(control)と認知(cognition)と不正(cheating)のC。

 このABCから抜け出して、どんな活動が必要なのか、ということが書かれています。

真の熟達とは、私にとって、他者が見たり考えたり感じたりするものを問い直したり発見したり、また、探求したり耳を傾けたりそこから学んだりするよう、自分自身に絶えず挑みつづける活動を意味していますが、それは、一種の遊びでもあります。ヴィゴツキー的な意味では、それは、何か新たなものをつくり出すために、経験と想像力が相互に影響を与え合えるようにする「頭一つ分の背伸び(a head taller)」の活動です。ヴィトゲンシュタインのシンプルな言葉では、それは、われわれに「よく観察すること(look and see)」を求めます。真の熟達は、みなさんの目の前にあるものに対する注意深く真正な観察から生まれる常識を含みます。それは、調査結果および政策変更の精査とその背後にある想定の看破を含みます。それは、触発されることに開かれていることを含みます。それは、みなさん自身の学校とコミュニティにおいて何が有効に機能していて何が機能していないかについての鋭敏な観察者であることを含みます。そして、それは、変化を起こせるよう学校コミュニティを組織することができるような支援を見つけ出すことを含みます。(p.68-69)

 ここで書かれている、「頭一つ分の背伸び(a head taller)」という表現が気に入りました。意識していきたいと思います。

 そのうえで、本の後半、8つ目の章「私たちは、知ることに頼らず成長できる」で、成長のために必要なものとして、「成長のXYZ」が書かれていました。

「成長のXYZ」

  • Zは、発達の最近接領域(Zones of Proximal Development)のZ。(p.114)
    • ヴィゴツキーと言えばこれですよね、「発達の最近接領域」。学校で共に学ぶ活動にも、できるだけ意識して入れていきたいと思っています。
  • Yは、「イエス・アンド(Yes, and...)のY。(p.122)
    • これはビジネス書でもよく言われていることです。「イエス・バット(Yes, but... =いいね、でもそれってさ…)」と言われたら、やる気はなくなります。主体的な学びをして、成長してもらうためには大事な言葉だと思います。
  • Xは、未知のX(p.125)
    • 未知なること=Xを取り込むことは、唯一の正解がない時代には絶対に重要だと思います。

 ABCの要素をできるだけ少なくして、XYZの要素を増やしていく、というのはモットーとして取り入れやすそうですし、子どもたちの学びへつながる活動を見るときの評価軸として意識していきたいなと思いました。

(為田)