教育ICTリサーチ ブログ

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書籍ご紹介:『言葉の展望台』

 言語哲学者の三木那由他さんの『言葉の展望台』を読みました。僕は、人と人との対立を乗り越えるための手段として、コミュニケーションと言葉について非常に興味があります。その観点から、三木那由他さんの仕事に非常に興味があるのです。文芸誌『群像』の連載「言葉の展望台」をまとめたこの本『言葉の展望台』は、いろいろなニュースや世情に触れながら、いろいろと考えさせられました。本当に、言葉のことを考えることは大事だと思います。

 2021年1月に、吉村大阪府知事がCOVID-19の新規感染者が5000人を初めて超えたときに言った「ガラスの天井が突き抜けた」という表現について書かれたところをメモします。「ガラスの天井」っていう言葉の意味が違うんじゃないか?と批判が出たときですが、そもそも言葉の意味とはどういうふうに決まるのかということについて考えさせられます。

言葉は、従わざるを得ないルールや法則ではないが、「ここから大きく逸脱することはできない」というような枠を与えはする。いや、「枠」というより「引力」と言ってもいいかもしれない。言葉の引力の中心地から、その力に逆らって多少の発展的な使用をすることはできるが、その引力が作り出す重力圏を突破するだけの推進力は、その言葉を使う私たちにはないのだ。
言葉のそうした引力は何を源にしているのだろうか?『話し手の意味の心理性と公共性』という本では、それをコミュニティに由来するものとして語った。ポール・グライスという哲学者を中心とする論者たちは、ひとが何か発言をしたとき、その発言の意味は発言者の意図によって決まると考えていた。この発想だと、とびきりぶっ飛んだ意図を持ちさえすれば、ひとは自分が使った言葉の重力圏を突破し、意のままに突き進むことができることになる。最後に意味を決めるのは本人の意図なのだから。私はこの発想が不整合を孕んでいることを論じ、それに代わる見方として、「ひとが何か発言をしたとき、その発言の意味を決めるのは発言者と聞き手の合意なのである」という、当時の言葉遣いはいくらか違うが、概略そのような議論をした。ではどうやってその合意に達するのか、それは発言者と聞き手が共通のコミュニティに属し、同じ重力圏内で言葉を用いることによってだ、とも。(p.36-37)

 ここで書かれている、「ひとが何か発言をしたとき、その発言の意味を決めるのは発言者と聞き手の合意なのである」という表現、とてもいいなと思いました。発言の意味も、言葉の意味も、発信者と聞き手の合意であり、その合意を何度も何度も作り直していきながらコミュニケーションをしていくことが大事だなと思いました。
 こういう体験を、学校で子どもたちができるような場面を作りたいなと思いました。授業のなかで、できることがないかを考えたいと思います。

 政治家の差別発言について書かれている部分では、なぜ差別発言が良くないのかが、哲学者 メアリー・ケイト・マクゴーワン(Mary Kate McGowan)の『たかが言葉――発話と隠れた害について』での議論をベースに書かれています。

自民党の会合での発言も同様に捉えられる。少なくともその発言は、その会合のなかでLGBTQ+の人々をそうでない人々に比べて、道徳的に、あるいは「生物学的に」劣位にあるものとして見ることを許容させたりする仕方で、スコアを変動させるものだったと言える。それどころか、それが国会議員の発言として世間に放たれたとき、会合という狭い場所を超えて、広くこの世のなかでの「何が許容されるか」のスコアを変動させる効果を持ったとも言えそうだ。重要なのは、これが単に自分の意見の表明にとどまっていないということだ。差別発言は単なる意見の表明ではなく、「私はこう思うし、ほかのみなさんもこう思い、その考えの通りに振る舞っていいのですよ」という許可証を発行するような機能を持ち、それゆえに実際に環境を変化させてしまう、というのがマクゴーワンの議論のポイントなのだ。だからこそそれは、「単なる言葉」に留まらない、実質的に害ある振る舞いになるのである。(p.75-76)

 差別発言は、「差別発言は単なる意見の表明ではなく、「私はこう思うし、ほかのみなさんもこう思い、その考えの通りに振る舞っていいのですよ」という許可証を発行するような機能を持ち、それゆえに実際に環境を変化させてしまう」。ああ、本当にそうだし、だからこそそうした発言はしてはいけないのだ、と言っていかなくてはいけないし、そうした合意をする人を増やしていかなくてはいけないんだと思いました。

 これもまた、学校でこうしたことを考える場面を作れないだろうかと考えながら読みました。マクゴーワンの議論も本当におもしろそうで、本を読んでみたいと思いましたが、Amazonで見つからず…。原著のリンクをはっておきます。

 本当に、いろいろと考えさせられる本でした。三木那由他さんの書く文章にぐいぐい引き込まれて考えさせられました。読みながら、いろいろと検索していたのですが、インタビューもすごくよかったです。こうした刺激をくれる本に出会えるのはとてもうれしいです。
book.asahi.com

(為田)