教育ICTリサーチ ブログ

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『「探究学習」とはいうけれど 学びの「今」に向き合う』ひとり読書会

 探究学習研究会 編著の『「探究学習」とはいうけれど 学びの「今」に向き合う』を読みました。「探究って、どういうことだろう?」とずっと思っているので、読んで勉強してみました。参考になった部分、次に読んでみたいと思うものにもたくさん出会えました。読書メモを共有します。

第Ⅰ部 探究学習の「もやもや」を探る

第2章 探究学習をめぐる政策動向と探究の過程

 「第2章 探究学習をめぐる政策動向と探究の過程」に書かれていた、探究の過程と指導・支援上の論点がよかったので、まとめてみました。

探究の過程と指導・支援上の論点(p.20-25)

  1. 課題の設定
    • 当事者性のある「テーマ」について、課題意識を持って向き合い、改めて「課題」として設定すること=「問う」こと
    • 「問題解決よりも、その前提となる問題を定義するほうが重要である」(アルバート・アインシュタイン)
    • 自分にとって当事者性のあるテーマを、自分なりの「メガネ」(まなざし)でみること(見る・観る・視る・診る)→捉え直し(リフレーミング)をしてはじめて、「テーマ」(research themes)が探究に耐えうる「探究課題」(research problems)として設定される
      • 自分とその課題との関係が明確になっていること
      • その課題と実社会・生活の関係が明確になっていること
    • 学習者の等身大の感情・気持ちに対して、どのような立場の支援者がどのよう向き合っていけるかが、その後の探究学習の展開を大きく方向づける。
  2. 情報の収集
    • 必要な情報を取り出したり収集したりすること
    • どのような性格(信頼性、正確性、客観性、適時性、網羅性など)をもつ情報を、どのように収集・蓄積していけるかが重要となる
    • 学びの「身体性」の重視という観点を踏まえた場合、オンライン・データベースだけでなく、生きた教材(生身の人間、地域社会など)とのコミュニケーションを通じて得られる情報の蓄積も検討するとよい
    • 「情報収集」の試行錯誤は、「生涯探究者」としての資質・能力の育成にもつながる
    • 自分の見解(気づき・発見・アイデア)を下支えする根拠・論拠は何か、その見解はどの程度主観性・客観性を伴うものであるかに自覚的である必要がある
    • オープンエンドな問いに対して「考えること」を中核に据える「探究学習」と、クローズドエンドな問いに対して「調べること」を中核に据える「調べ学習」との違いに意識的に学習を進める
  3. 整理・分析
    • 収集した情報を整理・分析して、思考すること
      • 一連の探究の過程のなかで、「取組が十分ではない」という課題がかねてから指摘されているところ
    • 収集した情報をどのような観点で「整理」していくかは、後期中等教育で経験すべき探究活動の真骨頂のひとつであると言えるが、学習者には経験が少ない。
    • 自分の見解を説得力ある形で再構築していくプロセスが、「分析」。
  4. まとめ・表現
    • 自分の見解をまとめ、判断・表現すること。
      • プレゼンテーションが最たる例。聞き手を意識して行う。
  5. リフレクション(ふりかえり)
    • 自分自身で、あるいは他者と、探究学習全体をふりかえり、評価すること。
    • 探究の成果だけでなく、探究の過程、探究活動を展開してきた自分自身のあり方の更新も射程に。
    • 「思考という要素を含まない経験は意味を持たない」(ジョン・デューイ)
    • ふりかえりは、過去の学びを未来の学びに活かすために行うべきもの。

 「2. 情報収集」→「3. 整理・分析」のところのジャンプが難しいかなあ、と思っているのと、めっちゃ時間をかけないといけないよなあ、というのと、時間をかけても必ずしもちゃんと進めるかどうかもわからない、というのがポイントだよなあ、と思っています。
 そう考えると、「時間、いくらかけてもいいぞ」っていうことと、「成果がでないことも含めて、そこに学びがあるんだよ」ということを、しっかり学校として合意していないといけないんじゃないかな、と思いました。

第3章 探究学習は資質・能力の向上に寄与するのか

 「第3章 探究学習は資質・能力の向上に寄与するのか」では、資質・能力の向上に寄与するかのエヴィデンスについて書かれていました。

探究学習が生徒の資質・能力の向上に寄与するというエヴィデンスは、海外のメタ分析を中心に一定程度示されてきた。ただし、日本の研究では、現状そのエヴィデンスの一端が示された途上にあり、今後より多くの検討が求められる(p.31-32)

 探究学習の「生産的失敗」の側面について書かれていました。はじめて聞きました、「生産的失敗」という言葉。勉強になる。

なぜ探究学習は生徒の資質・能力の向上に寄与するのでしょうか。この一つの背景として、探究学習は「生産的失敗」(productive failure: Kapur 2016*1)の側面が強いことが考えられます。生産的失敗とは、生徒が自分のちからで問題解決や発見学習を行った後に、教師が解法や答えを提示するという教授・学習のアプローチのことです。問題解決や発見学習において、生徒は必ずしも正しい解法や答えに辿り着けるわけではなく、その意味において「失敗」となります。しかし、ここでの「失敗」は、既有知識を活性化したり、学習への動機付けを高めたりすることで、後続する学習の過程と結果を向上・改善させるため、「生産的」であると捉えます。つまり、探究学習では、教師から事前に解法や答えを提示されることが(従来の教授・学習よりも)少ないため、生徒は失敗することが多いのですが、その失敗は既有知識の活性化や学習への動機付けへとつながり、後続する学習の過程と結果を向上・改善することで、生徒の資質・能力が向上すると考えられます。(p.32)

 「失敗」を次へ繋げられれば、それは「生産的失敗」である、ということなのかな。

第4章 探究学習に対する不安・困難さの実態 ―生徒・教員対象の意識調査から―

 「第4章 探究学習に対する不安・困難さの実態」では、高校生の意識調査が興味深かったです。

登本ほか(2022*2)は、高校生488名を対象としたオンライン調査を実施し、探究学習の態度には「探究回避」(例:探究の学習は自分で考えることが多いので苦手である)と「探究実践」(例:探究の学習である問題について調べたり考えたりするのは好きだ)の2側面があることを示しました。その上で、高校生の探究学習態度は、「探究回避が弱く、探究実践が高いタイプ(20.5%)」「探究回避が弱いものの、探究実践が低いタイプ(13.9%)」「探究回避が強いものの、探究実践が高いタイプ(35.9%)」「探究回避が強く、探究実践が低いタイプ(29.7%)」に大別されることが示されています。(p.34)

 「探究回避」と「探究実践」の2軸で4象限を作って考えるの、おもしろいです。探究の授業を参観するときの評価の軸にしてみたいな、と思いました。

第Ⅱ部 探究学習の「?」から考える

第1章 「課題の設定」はどのようにすればよいのか?

 探究学習をするのに、先生がどう関わるかはとても大事なポイントだと思っています。それについて、「良い先生ほど、良くないんじゃない?」という、おもしろい記述があったので抜粋します。

問いには正解があり、その正解は教師が知っているという前提を不問にするかぎり、教師の行為は「説明する」ことに還元されてしまいます。一般的に、説明することは教師が身に付けておくべき基本的な技能であり、説明の上手な教師は生徒にも歓迎されるように思われます。しかし、ここに根本的な問題が潜んでいます。フランスの哲学者ジャック・ランシエールが鋭く指摘するところによれば、説明という行為の本質は、学習者を常に「無能な者」の位置に固定化する作用にあるといいます。
(略)
教師がわかりやすく説明しようとすればするほど、教師こそが「正解を知っている者」であり、生徒は教師による説明無しには正解に辿り着くことができないのだという図式が強化されてしまうからです。つまり、いかに教師や指導法が優れていようと、「説明体制」が維持されるかぎり、より洗練された仕方で生徒の愚鈍化が進行してしまうのです。
このことは、探究学習への転換において重要な示唆を含んでいます。ランシエールに倣えば、たとえ「課題の設定」からはじまる探究のプロセス(『学習指導要領解説 総合的な探究の時間編』より)が辿られたとしても、従来の図式(知識を持つ者/持たざる者)がその根底にありつづけるかぎり、探究学習も新しく洗練された愚鈍化の技法の一つとして取り込まれる危険があるということになります。言い換えれば、「優れた知性」を持つ者が「劣った知性」を持つ者を教え導くという構造そのものを変えていかなければ、探究の道は愚鈍化の道にとって代わられかねないのです。(p.55-57)

第2章 「調べ学習」を超えてどのように探究学習をデザインするか? ―現実の社会への参画を組み込んだ探究学習―

 探究学習のひとつの形として、アメリカを中心に展開されてきた教育実践「サービス・ラーニング」について書かれていました。「サービス・ラーニング」という言葉を、恥ずかしながらはじめて知りました。

アメリカの研究者ニューマン(F.M.Newmann)は、「真正の学び」の基準として、「知識の構築」「鍛錬された探究」「学びの学校の外での価値」の3つを挙げており、示唆に富むところです(ニューマン 2017)。ニューマンの理論にも影響を受けながらアメリカを中心に展開されてきた教育実践に、サービス・ラーニング(service-learning)があります。これは、教室での学習と、地域や社会の問題解決に取り組む活動を結びつける方法です。(p.65)

 ニューマンの本は和訳も出ていました。チェックしてみたいと思います。

(「活動あって学びなし」にならないように)サービス・ラーニングでは、活動で得られた学びを深める振り返り(リフレクション)にも重点を置いています。
一般的に振り返りというと、感想を書いてまとめるようなことが想起されやすいですが、サービス・ラーニングでは、リフレクションの方法をより広く捉えています。例えばアメリカでは、討論を行う、グループでジャーナルを書く、ポートフォリオを作成する、手紙を書く、作品や演劇、映像などを制作する、関連する記事や本を読むなど、多様な方法が紹介されています(唐木 2010)。
また、取り組んだ活動について考察を深めたり、関連した内容について学んだりさらに調べたりしながら視野を広げる関連学習(連結学習)も、効果的な方策として考えられています。こうした機会を、他の教科等の時間も含めて積極的に設けることで、学びが一過性のものにならず、より一層深まりやすくなると思われます。(p.69)

 サービス・ラーニングでは、リフレクションの方法をより広く捉えている、ということだけども、これでも「探究」が活動あって学びなしにはならない、というのがやはり僕にはよくわからなかったりします。結局、僕にはここがいちばんもやもやするところなんだなあ、と思うのです。
 「リフレクションの質をどうやって上げられるのか」というか、「リフレクションの質ってそもそも何なのか?」というのを考えたいんですよね。

第3章 探究学習のプロセスをどう指導すればよいのか?

 探究学習のプロセスをどう指導するのかの事例として、中学校でのサービス・ラーニングの事例が紹介されていました。その事例が成功した要因が章の最後にまとめられていました。

第2節の事例では、生徒達は興味をもって探究学習に取り組んでいました。また、徐々に課題の探究を深めていました。さらに、継続的に課題を追求していました。こうした生徒達の姿を生み出した主な要因は次の4点だと考えます。(p.82-83)

  1. 生徒達にとって、探究する課題が切実であった。(テーマは地域防災だった)
  2. 地域課題解決に取り組む住民や専門家が、生徒達の質問や提案に応答していた。
  3. 生徒達が教師や防災に取り組む住民から本物の地域の課題の解決を期待されていた。
  4. 生徒達が課題解決のRPDCAサイクルの過程を決めていた。

 RPDCAサイクルって何?と思って調べたら、最初にResearchが入るようです。
bso.benesse.ne.jp

 どんなテーマを探究するのか。地域を巻き込みながらやっていく、ということか。うーむ。

第5章 生徒に「伴走」するってどういうこと?

 この章では、探究活動でよく用いられる、アンケートについて書かれていました。一人1台の端末が整備されて、Googleフォームなどで簡単にアンケートがとれるようになっている現状、たしかに考えないといけないところだな、と思いました。

ただ、「どこまで伴走するのか」という点に関して、1つ注意すべき点はあります。社会課題や地域課題をテーマとする探究活動において、生徒からよく「アンケートをとりたい」という声が上がります。オンラインで簡単にアンケートを作成・集計できることもあって、以前に比べ実施のハードルが下がっていることも一因でしょう。しかし、質問の順番や選択肢の構成など、意味のあるアンケートを作成するのにはきちんとした準備と知識が必要です。問題意識が不明瞭なまま中途半端にアンケートを実施しても、平板な結果が得られるだけで終わってしまいます。また、扱うテーマによっては個人情報保護の観点からアンケートの内容を慎重に検討しなければならない場合もあります。アンケートが一律に認められないというわけではありませんが、安易に実施することは控えるのをお勧めします。むしろ第2節で述べるように、そのテーマについてよく知る人にインタビューを行い、個々の問題意識をブラッシュアップする方が、探究活動として意味のあるものになる可能性が高いといえます。(p.97)

第6章 教員間の意識のズレ(温度差)をどう解消したらよいのか?

 どの学校でもきっとあるであろう、教員間の意識のズレ(温度差)についても書かれていました。このあたりは、教員研修のときに少しでも説明したいな、と思っているところでもあります(が、まだまだ上手くできていないのが現状です)。

探究学習を教えることになった教員にとって、探究学習のロジックは、これまでの教科・科目のロジックとの間で、悩みとなり、葛藤やジレンマを生みかねないものです。
また、教員組織においても、これまで共有されてきたロジックとの間で、矛盾や軋轢をはらむものである。それは、時として、教員間の意識のズレや温度差をもたらすものであると考えられます。(p.104)

まとめ(というか気づき)

 読み終わって、第Ⅰ部のタイトルにもなっている、探究学習の「もやもや」を探る、というのがそのまま僕に当てはまる状況が続いています。より「もやもや」してきた感じがします。いっきに「もやもや」を晴らすなんてことはできないのだろうと思っていますが、考え続けて調べ続けて「もやもや」を晴らしていきたいと思います。「探究学習を探究する」ことにします。

(為田)

*1:Kapur, M. (2016) "Examining productive failure, productive success, unproductive faiure, and unproductive success in learning, " Educational Psychologist, 51(2), 289-299

*2:登本洋子・溝口侑・溝上慎一(2022)「高校生の探究的な学習を支援する探究学習態度尺度の開発と探究学習態度タイプの分類の試み」『教育情報研究』38(2)、3-18。