小塩真司 先生 編著の『非認知能力 概念・測定と教育の可能性』を読みました。ある案件で、「ICTと非認知能力」という題での講演依頼をいただいていまして、それを機会に非認知能力についていろいろな観点から勉強をしてみたいと思ったためです。
そもそも「非認知能力」とは「認知能力ではない」ということであり、では一体どの範囲までを非認知能力として考えたらいいのだろう?と思って読み始めたら、最初の「まえがき」でズバリなことが書いてありました。
そもそも非認知能力とは何なのか、どのような心理的機能がそこに含まれており、それぞれの機能はどのような測定方法で把握され、どのような効果があると報告されており、どのような教育的介入が可能なのかという点については明確ではない状態にあるのではないでしょうか。非認知能力という言葉が広まる一方で、その中身は多様かつ曖昧であり、それぞれの人が非認知能力の中身をそれぞれの解釈で論じているという印象があります。(p.ii)
まさしく、この「それぞれの人が非認知能力の中身をそれぞれの解釈で論じている」というところで終わらないようにしたくて、この本を読もうと思ったのでした。この本では、「非認知能力あるいはそれに類するものとして取り上げられることのある、十五の心理学的な特性(以下「心理特性」)に注目します。」(p.ii)と書かれています。
取り上げられている15の心理特性は、以下のものです。「心理学の中でも比較的さかんに研究が行われて」いて、何らかの形で研究や人生において「よい結果をもたらす」可能性が得られて」いて、「介入による変容の可能性が研究で示されている」ものが取り上げられています。
- 誠実性
課題にしっかりと取り組むパーソナリティ- グリット
困難な目標への情熱と粘り強さ- 自己制御・自己コントロール
目標の達成に向けて自分を律する力- 好奇心
新たな知識や経験を探究する原動力- 批判的思考
情報を適切に読み解き活用する思考力- 楽観性
将来をポジティブにみて柔軟に対処する能力- 時間的展望
過去・現在・未来を関連づけて捉えるスキル- 情動知能
情動を賢く活用する力- 感情調整
感情にうまく対処する能力- 共感性
他者の気持ちを共有し、理解する心理特性- 自尊感情
自分自身を価値ある存在だと思う心- セルフ・コンパッション
自分自身を受け入れて優しい気持ちを向ける力- マインドフルネス
「今ここ」に注意を向けて受け入れる力- レジリエンス
逆境をしなやかに生き延びる力- エゴ・レジリエンス
日常生活のストレスに柔軟に対応する力
これらの心理特性をどう育んでいくか、伸ばしていくか、ということについても「まえがき」にイメージが書かれていました。
本書で取り上げる心理特性は、個人の中で固定化されたものではなく、何らかの形で変化していく可能性があることも示されます。心理特性というものは、少しずつにせよ変化させることが可能な粘土のようなイメージで捉えるのがよいのではないでしょうか。あるいは、体重の測定のように、日々の生活を通じて少しずつ変化していく数値をイメージしてもよいかもしれません。(p.iv)
日々、少しずつ変わっていくものなので速効性はないが、でも「少しずつにせよ変化させることが可能」と書かれています。日々の生活を通じて変化させていく、変化していく、ということがあるならば、学校での日々で変わっていく可能性は大きくあり、先生方の関わりも大きな意味があると思いました。
この本で取り上げられている15の心理特性のなかでも、ICTの活用と関わりがあるものについて2つ、紹介をしておきたいと思います。
批判的思考とICTの活用
平山るみ 先生(大阪音楽大学短期大学部 准教授)が執筆された「5章 批判的思考」のなかで、ICTの活用について書かれていました。
ICTを活用することで、教室の外の世界ともつながりやすくなり、本物の問題に生徒たちが触れやすくなる効果も考えられます。また、ICTを思考共有のためのツールとして活用することで、アナログのツールよりも多くの他者の思考に触れることができるという社会的学習環境を整えることができます。児童たちが思考しデジタルペンで書き記したものをシステムを使って提示したり、ディベートシステムを用いることによって、生徒たちのディベート体験に偏なく全員がすべての役割を経験することができます。もちろん、アナログなツールのみを使用して批判的思考教育を行うことはできますし、実際に多くの実践が行われてきました。しかし、より便利なツールとしてICTを活用できるのであれば、積極的に活用するとよいでしょう。(p.97)
ICTを活用することで、教室の外の世界と繋がりやすくなる効果があることが書かれています。
このブログで授業をレポートした中では、奈良女子大学附属中等教育学校で行っていたオンライン授業がまさにそうだったかな、と思います。
blog.ict-in-education.jp
また、ICTを思考共有のためのツールとして活用することで他者の思考に触れやすくなる、というのも、授業支援ツールやクラウドツールを使うことで多くの学校で実践が行われていることです。回答を提出してもらって集めるということだけではなく、思考の過程や表現の過程を見ていくということをICTを活用して行っていた、筑波大学附属駒場高校での授業をふりかえりたくなりました。これから高校での1人1台端末配備が本格化するので、この授業は多くの学校に参考にしてほしいと思っています。
blog.ict-in-education.jp
楽観性とICTの活用
外山美樹 先生(筑波大学人間系 准教授)が執筆された「6章 楽観性」のなかにも、ICT活用に関連しそうな部分がありました。
セリグマンは、「学習性オプティミズム(learned optimism)」という用語を使用していますが、その意味するところは、楽観性は生まれもった心理特性(非認知能力)ではなく、学んで身につけることができるものであるということになります。日本の子どもを対象に、楽観性を高める介入・トレーニングを実施した研究はみられないのですが、先行研究の知見を踏まえると、子どもを対象にした楽観性を高める介入や教育は十分に可能であると考えられます。(p.113-114)
僕は、この「楽観性」というのは、レジリエンスなどと組み合わさると、「失敗を恐れずにどんどんやっていく」という姿勢につながると思っていて、小学校~中学校のさまざまな場面で子どもたちに経験してほしいと思っています。
ICTの授業支援ツールやクラウドツールを使うことで、たくさんの学習者の考えを見て、先生が多様な視点について褒めてあげたり、おもしろがってあげることで、楽観性は高められるのではないかな、と思います。プログラミングでPDCAをどんどん回していく体験をするのも、同じように楽観性を高められると思いました。
プログラミングの授業をオープンエンドにして、たくさん失敗する場面を作ることが、楽観性を高める機会に繋がると思います。戸田市立戸田第一小学校でのプログラミングの授業が参考になると思います。
まとめ
この本で取り上げられている15の心理特性については、「学校の教室で、どんな場面で現れるだろうか」ということを考えながら読んでいました。ICTを活用する場面だけでなく、先生の声掛けや授業のなかでのやりとりなどで、子どもたちに働きかけられる場面はたくさんありそうだと感じます。興味ある研究についても知ることができたので、さらに深めていきたいと思います。
(為田)