8月15日の終戦の日を迎え、新聞やテレビなどのマスメディアや、SNSなどでもさまざまな素材を目にする機会が多い一日だったと思います。いくつかのメディアを紹介したいと思います。
終戦の詔勅(玉音放送)
YouTubeでは終戦の詔勅(玉音放送)を聴くことができます。口語訳、現代語訳、ふりがながついているものをご紹介します。「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」の部分については、メディアなどでもよく見る部分ですが、全文を通して聴くことで印象も少し変わるかと思います。
www.youtube.com
1945年8月15日の全国紙読み比べ
文筆家で近現代史研究者の辻田真佐憲さんによる現代ビジネス「朝日新聞が号泣…全国紙の「1945年8月15日」を読み比べてみた」も、当時の新聞がどのように報じていたのかがわかるものになっています。
gendai.ismedia.jp
『戦争中の暮しの記録』(暮しの手帖)
暮しの手帖が作った、『戦争中の暮しの記録』がKindle版になっているそうです。
『戦争中の暮しの記録』(暮しの手帖)がKindle版になってた👍最初は暮しの手帖の特集号として刊行された。記載されている『この一冊を、たとえどんなぼろぼろになっても、のこしておいてほしい(編集者)』から半世紀、もうぼろぼろにならなくなる。https://t.co/tAEYMznxjU
— Jun Rekimoto : 暦本純一 (@rkmt) 2018年8月15日
「この日の後に生まれてくる人に」というページがあり、そこに書かれているのが、上のTwitterで書かれている「この一冊を、たとえどんなぼろぼろになっても、のこしておいてほしい」という願いです。編集者の思いが詰まった文章だと思います。
進駐軍の軍人さんから、日本はどう見えたのか
Twitterでリーガン美香さんが紹介してくださっていたツイートも紹介したいと思います。終戦直後に日本に進駐軍としてきていた軍人さんによる、当時の日本の様子です。
終戦記念日は連合軍にはVJday(対日戦勝記念日)なわけですが、終戦直後に日本に進駐した軍人が、当時の記憶をお孫さんあてに書き残しています。
— リーガン美香 (@Mika_Regan) 2018年8月15日
難しい英語ではないので、時間ある方は読んでみて。 https://t.co/5891Qjymt3
(Thread) Every year around August 15th I dust off one of my most prized possessions: an old letter my grandfather wrote me answering my questions about his experiences in the postwar occupation of Japan.
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
Today, on the 73rd anniversary of V-J day, I’d like to share some excerpts pic.twitter.com/8dl2c5yL0V
(2/9) Some background on my grandpa first:
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
・Forged his birth certificate & enlisted at 16
・Spent his 1st year of service as an Army boxer (story for another day)
・Landed on D-Day
・Sent to PI for mop-up fighting before V-J day
・Among the 1st to arrive for the occupation pic.twitter.com/uYn2nJjfws
(3/9) More background:
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
・Was present for the occupation until heading off to the Korean War. Returned to Japan afterwards.
・”Met” my Japanese grandmother making a call—she was a switchboard operator. Loved her voice so he tracked her down (again, a story for another day) pic.twitter.com/RqoPGf50Vl
(4/9) On with the letter...
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
I asked him about his first impressions upon landing in Japan, and among other things, he described the devastation caused by allied bombing campaigns: pic.twitter.com/vz9ZgIPcRF
(5/9) One question I asked was about the toughest thing he had to do during the occupation.
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
His answer made me think about this same type of activity in Iraq/Afghanistan and how different things turned out there.
Also, we Americans today need to reflect on his last sentence... pic.twitter.com/xwHqtEsL9X
(6/9) Then I asked him about the easiest aspect of the occupation: pic.twitter.com/hWy8coujHE
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
(7/9) I also asked him about Japanese reactions to the Allied occupation: pic.twitter.com/zFwyt7Z1Ia
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
(8/9) When I asked him about the best policy decision made for the occupation, here was his answer:
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
[Note: he jokingly references the bamboo spear because every Japanese—young, old, woman, child—were given weapons and taught basic fighting techniques to resist invasion forces] pic.twitter.com/uSgJpDjEtp
(9/9) I’ll end with my favorite part of the letter: one of his anecdotes.
— Michael Bosack (@MikeBosack) 2018年8月14日
He had experience as a tanker, so among his first jobs during the occupation was driving heavy machinery from the port to different bases in the area. Here’s what happened one day: pic.twitter.com/WKtFtL4iA3
こうして、アメリカに残されている、一人の軍人さんの所感をTwitterを通じて読むことができるということは、いいことだと思っています。物事をさまざまな面から見て、自分で判断をしていくためには、こうして幅広いさまざまな見方に触れることは本当に重要なことだと思っています。
まとめ
さまざまな素材を紹介しましたが、こうしたものにはまったく触れずに学校を出る人もたくさんいるのだと思います。だからこそ、公教育の場で、先生がファシリテーションをしながら、こうしたさまざまな素材を使いながら授業をしてほしいと思います。特に近現代史は、資料などさまざまな素材を生きた教材として使いながら学ぶことで、より効果があるのではないかと感じています。
以前、京都教育大学付属桃山小学校でゲストティーチャーをさせてもらったときにもレポートで少し触れましたが、個人的には「世界を平和にすること」を目標に教育という事業に携わっているので、8月15日は、その原点に立ち返らせてくれる日の一つです。
blog.ict-in-education.jp
多くの先生方に導かれて、子どもたちが自分たちの生きている世界のことを考えるきっかけになればいいなと思っています。
(為田)