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奈良女子大学附属中等教育学校 授業レポート No.1(2020年5月21日)

 2020年5月21日に、奈良女子大学附属中等教育学校の二田貴広 先生が行ったオンラインコラボ授業を見学させていただきました。
 この授業は、大阪工業大学の横山恵理 先生、福岡県立ありあけ新世高等学校の前川修一 先生、京都橘高校の小坂至道 先生との全3回のコラボ授業の3回目で、「評論「ものとこと」を繋げる ~創造的に考える」がテーマの授業でした。
 参加していたのは、奈良女子大学附属中等教育学校6年生(高校3年生)で、参観者や先生方含めて123人がZoomで参加していました。

 最初に二田先生は、先週の授業のポイントをPowerPointを画面に表示しながら説明しました。授業の間、生徒全員に見てもらいたい画面が常に大きく表示されていましたので、何を見ればいいのかがわかりやすくなっていました。
 先週の授業のポイントとして、以下のようなポイントが書かれていました。

  • 「古池や蛙飛びこむ水の音」は静寂という「こと」を表現。しかも、「音」を描くことによって、静寂を描かず(言語化せず)とも、静寂を表現している。
  • 「わたし」が誰か(人に限らず)に出会うことで、「わたし」は出会う前の「わたし」とは違う「わたし」となっている。この授業もそう。

 二田先生は、「複数のテキストを関連づける力、いくつかの情報を関連づける力を身につけることを目指しましょう」と言い、最初の課題へと進んでいきました。
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 画面に、応天門炎上事件の後、清和天皇藤原良房が火事の説明をしている様子が映し出されました。生徒たちに「この場面からどのような問いを作れますか?チャットに書き込んでください」と横山先生が言います。
 10分弱の時間をここでとって、生徒たちは問いを考える時間となりました。二田先生は、授業の最初にも共有したポイントをまとめてチャットに貼り付け、全員に送りました。
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 生徒たちは、自分で考えた問いを、チャットで共有します。すぐにチャットに答えが表示されていくということはなく、みんなが熟考している様子が伺えました。手元でノートなどに何か書いているのか、頭の中で考えているのか、興味深いと思いました。

 途中、横山先生から「絵巻なので、何が描かれているか、を考えて」とヒントが提供されました。二田先生は、「ヒントを聞きたくない人は、ヘッドフォンを外したり、ミュートにしたりして聞こえないように自分でしてね」と言います。こうしたやりとりは、実際に教室でやるよりもずっとやりやすいかもしれません(操作に熟達しているかにもよりますが)。

 チャットを見ていると、本当にいろいろな問いが出ていました。一言で答えられるようなものでなく、文章量としても多いので、どんどんチャットが流れていきますが、同じことを板書で行おうと思えば、書くのにも時間がかかります。こうして参加者間で情報を共有するときには、デジタルは便利だと思います。以下、生徒たちから出てきた問いをいくつか上げてみます。二田先生も、「いろんな問いが出てきていますね」とコメントしていました。

  • このときの良房の表情は見えないが、清和天皇の様子をふまえるとどのような内容を報告していると考えられるか?
  • 絵に描かれている藤原良房清和天皇に顔を伏せながら火事の説明をしているが、その様子からどのような雰囲気が読み取れるか。
  • この絵は音(話している内容)が描かれていない静寂であるが、話している内容としては何が推測できるか。
  • 清和天皇は前のめりになり、食い入るように話を聞いているように見える。何に興味をひかれたと考えられるか。
  • 清和天皇の表情や姿勢から、彼が火事に対してどのような印象を抱いているか。また、それを踏まえて藤原良房がどのような表情をしているか予想せよ。
  • 藤原良房は自分自身をどのような立場として清和天皇に説明しているのか。

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 こうして生徒たちから出てきた「問い」を読んでみて、横山先生が文学と美術の視点から、前川先生と小坂先生が歴史の視点から、フィードバックコメントを語ってくれました。

  • 横山先生
    問いが深く読むためのヒントになります。答えはありません。絵巻のルールに反していることがあります。そこに仕掛けがひとつ隠されています。そこを中心に考えるといいと思います。良房の表情が見えづらい。だからこそ気になる。想像させる。描かれているのは天皇の表情。普通は尊い人の顔は描かれない。
  • 前川先生・小坂先生
    「問う」ということは、テキストに入り込むこと。良房しか伝える人がいない。歴史的に言えば、清和天皇藤原良房の孫にあたる。孫の清和天皇が聴いている(良房は外祖父になる)。ならば、どういうことが考えられるか?この絵巻は読み手にそうした想像をさせようとしている。テキストで書かれている場面設定を見ていくことが重要。

 ここで、歴史的な知識である「清和天皇藤原良房の孫にあたる。孫の清和天皇が聴いている」ということを背景にして、絵巻のルール「普通は尊い人の顔は描かれないのに、天皇の表情は描かれている」に反している、このことの意味は何だろうか?と考えていくことができるようになります。このあたりが、コラボ授業のまさに強みだと思いましたし、授業のゴールとして出ていた、「いくつかの情報を関連づける力を身につけることを目指しましょう」へと繋がっていくことだと感じました。

 横山先生は続けて、「絵と詞書を合わせて、“描かれること”と“描かれなかったこと”を考え、作者が絵巻を通して伝えたかった「こと」は何でしょうか?」と次の問いを提示しました。10分で、チャットにどんどん書いていってもらいます。
 二田先生は、「応天門炎上に関わる人物の関係については、2週間前の授業でも話しましたが、忘れてしまった人は検索して確認してください」と言っていました。こうして、自分でどんどん調べていくという活動も、自然と授業の中に入っているのはいいな、と思いました。
 「書き終わった人は、他の人のを読みましょう」ということで、インプットとアウトプットがどんどん行ったり来たりできるようになっていました。

 ここで授業時間が終了となりました。最後に、また横山先生、前川先生、小坂先生から、コメントをもらいます。

  • 横山先生
    みんな絵をよく見ていると思う。描かないことで読者に想像させている。つまり、読者に委ねられている、といえる。美術のルールでは、天皇の顔は描かない。でも、この絵巻では、良房や伴大納言の顔が描かれていない。普通の絵巻と描かれた意図が違うのか?というふうになる。それは歴史へと繋がっていく話だ。
    古典文学・絵巻のさまざまな読みの可能性を広げられた。令和の時代の読み方だと思う。
  • 前川先生
    いろんな視点からワクワクする見解が出ていた。「見る人によって真実が変わる」「良房の背中の丸さ。ここに意図していることがあるかも」という指摘。伴善男の冤罪を匂わせるという解釈が多かったが、なぜそうした描き方をしたか。「良房が偽の歴史を作った」と書いていた人もいた。絵巻の作者は正しい歴史を描いたのか、という視点も重要。「忠臣蔵」のことも考える。本当に吉良上野介は悪かったのか?歴史の作られ方。どんな「こと」が語り、残されるのか。
    今は「ものを分けたがる文化」と「曖昧なままにする文化」が交錯している時代だと思っている。そうした時代に生きるには、対話が必要。相手のことを知ることが必要。多様な意見から得ることは多い。謙虚さをもつことで、世界は豊かになる。そういうことが求められる時代になったと思う。
  • 小坂先生
    何を見せたかったのか。歴史書は、勝者の歴史。日本書紀の時代からずっと同じ。中国の歴史書も。都合の良いようにまとめられていく。正統性を示すためのもの。歴史に意図が組み込まれたモノ。現代的な観点もあっておもしろかった。
    ことばは、言葉の端、ことのは、詞。記録が残り、それがどんな人がどんな思い出、残してきたのか。この絵巻も同じだし、今回のチャットのログも同じ。そうしたことを考えた。

 最後に二田先生が、こうしたコラボ授業で、先生方の専門的な観点からのコメントが入ることで、物事が立体的に見えてくる、と言いました。

みえているもの/みえていないもの
あらわにされるもの/あらわにされないもの
残っているもの/残っていないもの


何に依拠して考えるのか。限定的な立場で、最大限その場でいろんな解釈やくみ取りをしてほしい。

 「複数の情報を関連づけて考え、さらに何に依拠して考えるのか」ということに自覚的であることは、本当に大切なことだと思います。二田先生だけでなく、一緒に授業をされていた、横山先生も前川先生も小坂先生も同じように思われていたのではないかな、と感じました。こうした価値観が共有されたうえで、異なる専門性を持つ先生方が集まって行うコラボ授業はとても魅力的だと思いました。

 No.2に続きます。
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(為田)