教育ICTリサーチ ブログ

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書籍ご紹介:『デジタル・シティズンシップ コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』

 坂本旬 先生・芳賀高洋 先生・豊福晋平 先生・今度珠美 先生・林一真 先生の『デジタル・シティズンシップ コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』を読みました。

 GIGAスクール構想によって一人1台の情報端末が小学校・中学校で整備されていますが、活用はまだまだこれからな学校が多いと思います。研修講師として学校へ行くと、「どうやって使わせたらいいですか?」という質問とともに、「どうやって制限をかけるのがいいでしょう?」という質問も多く訊かれます。「制限をかける」ばかりではなく、子どもたちがどんなふうに善き使い手になるための指針としての「デジタル・シティズンシップ」について知ることができる本です。

 興味深かった点をメモとして公開していきたいと思います。

 学校でICTを活用するときには、「情報モラル」をどう教えるか、ということが話題になることも多いが、「情報モラル」とこの本のタイトルにもなっている「デジタル・シティズンシップ」の違いが何なのか、ということを明確にしていくことがまず重要です。「はじめに」のなかで坂本先生が、学習指導要領のなかでも、「情報モラル」が指すものが「デジタル・シティズンシップ」の方へ変わりつつある、ということを書いています。

新学習指導要領の英語訳を見ると、情報モラルの英訳がこれまでの「information morals」から「information ethics」へと変更されている。小さなことのようだが、このことには大きな意味がある。「information morals」は英語にはない言葉だが、「information ethics」は学問として確立した概念であり、こちらもデジタル・シティズンシップの土台である。間違いなく、文科省内部でもデジタル・シティズンシップ教育への関心が高まりつつあると言ってよいだろう。(p.iv)

 「第1章 デジタル・シティズンシップとは何か」のなかで、坂本先生は「情報モラル」と「デジタル・シティズンシップ」の違いについて書いています。そもそもの考え方の背景が違うことがわかります。

日本の教育政策にはデジタル・シティズンシップの概念が存在しないが、世界の議論や政策の潮流を見れば、いずれ教育政策上の課題となることは避けられないだろう。冒頭で述べたように、現状の「情報モラル」教育はインターネットの安全に重きをおいた保護主義的な色合いの濃い施策であるが、他方では1人1台のPC施策を推進しており、そこには矛盾がある。保護主義を前提とすれば、学習道具としての情報機器活用は学校内に閉じ込められるか、教具的活用の補助手段にしかなりえないだろう。「情報モラル」は「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」だが、デジタル・シティズンシップは能力であり、スキルである。脅かして抑止するという発想では、これからのグローバルな世界を生きる子ども・若者を育てることは困難だ。(p.35)

 坂本先生は、「デジタル・シティズンシップ」の内容として、アメリカ、ヨーロッパ、OECDユネスコでどのようなことを定めているのかについても紹介しています。それぞれに「どのような子どもたちを育てるのか」というゴールが違います。
 2019年に刊行された、マイク・リブル&マーティ・パーク『The Digital Citizenship Handbook for School Leaders』*1のなかでは、デジタル・シティズンシップの9要素がまとめられています(p.18-21)。

  1. デジタル・アクセス
    • 情報技術や情報源へのアクセスの公平な分配
  2. デジタル・コマース
    • 商品やサービスの電子的売買のこと
    • 何らかの方法でお金を使うときに用いるツールや安全対策に焦点をあてる
  3. デジタル・コミュニケーションと協働
    • 電子的な交流と共有された創造活動
  4. デジタル・エチケット
    • 電子的な行動基準や手順
    • 「わかりやすく言えばデジタル機器を使用する際の他者への配慮」
  5. デジタル・フルーエンシー
  6. デジタル健康と福祉
    • デジタル世界における「身体的・心理的な幸福」
    • 「特に1人1台の端末環境にある学校では、児童生徒にとってどの程度の利用時間が適切なのか考えなければならない」
  7. デジタル規範
    • デジタル世界での行動に対する責任であり、問題に対処するための規則の基礎
    • 「現実世界と同じように、オンラインの世界でも、デジタル機器を利用する人々をリスクから守るための仕組みが必要である」
  8. デジタル権利と責任
    • デジタル世界のすべての人に保障される権利とそのために求められる条件
    • 著作権もここに含まれる
  9. デジタル・セキュリティとプライバシー
    • 安全性を確保するための電子的な予防

 個人的には、ここでまとめられている項目が納得感がいちばん強かったです。Kindleで読むこともできそうなので、チェックしてみたいと思いました。


 続く「第2章 情報モラルからデジタル・シティズンシップへ」では、芳賀先生が、情報モラルとデジタル・シティズンシップ教育の違いについて書いています。そもそも、1時間とか時間をとって「情報モラル」を学ぶ、ということではなく、あらゆる教科の土台となるべきだということがわかります。

今や、デジタル・シティズンシップ教育は、教科を選ばず共通に学ぶことができるユニバーサルな教育であり、ある特定の国や地域に特化した教育ではなく、グローバル・スタンダードな教育となっている。(p.40)

デジタル・シティズンシップ教育の指導者は、ネット・トラブルに巻き込まれる恐ろしいケースを紹介してむやみに児童生徒を怖がらせる注意喚起はしない。「相手の気持ちを考えましょう」という安易なまとめ方をすることもない。指導者自らICTを前向きに使いながら、模範的な言動や態度をとることが求められる。そして、答えが出せずとも問題に対してクリティカルに考え、対話をし続けることが大切であると学習者の背中を押し、たまにはゆっくり考えようか、と学習者と一緒に立ち止まり、オープンエンドな学びを促す。
反対に言えば、デジタル・シティズンシップ教育は、指導者も学習者も、大人も子どもも、それぞれの理解に基づき、「参加」することによってしか成立しえない教育――社会的構成主義の性格を持つ。(p.40-41)

 デジタル・シティズンシップ教育のコンセプトとして、学校の一場面で使うというのではなく、もっと日常のなかで考える必要がある、と書かれています。

デジタル・シティズンシップ教育のコンセプトは、ICTは子どもの「日常」であると捉え、ネット社会は特殊な世界ではなく、日常生活や社会とシームレスな関係にある、というものである。
だからこそ、子どものICTを取り上げてしまって、その利用をやめさせるのではなく、善き市民として、幸福な善き社会の構築をめざし、前向きにICTを利用しようとする。
一方で、情報モラル教育のコンセプトは、指導対象(ICT)を、普段は使わない非日常的な特殊な道具と規定する。ネットは危険な遊び、娯楽であるから、学校では、特別な必要がないときには使わせず、取り上げてしまいがちになるのである。(p.60)

 続けて、「第3章 我が国の教育情報化課題とデジタル・シティズンシップ教育」で豊福先生が、ICT教具論とICT文具論の違いについて紹介をしてくれます。デジタル・シティズンシップ教育が、子どもの「日常」のなかでのICTを考えるのであれば、当然、ICTは先生が教えるための道具=教具ではなく、子どもたちがいつでも使える道具=文具となるべきだと思います。

ICT文具論として学習者中心の文具にする際は、具体的には、①生活全般や学びにおける道具的位置づけと使用頻度を高め必需品にする、②責任ある利用方針(第1章、第4章を参照)のもと、機器の扱いや管理を子どもに任せる、③機器の天板にシールを貼ったり、画面背景の壁紙を自分の好みに変えたり、といった個性化によって大切に扱うよう促す、などのはたらきかけを行うことが欠かせない。ICT教具論の管理制御的発想の対極にあるからといって、ICT文具論は個人に丸投げ放任にするものだと捉えるのは間違いである。(p.110)

 こうした考え方に基づいて、デジタル・シティズンシップをどのように学校に実装していくことができるのか、ということについて、「第4章 デジタル・シティズンシップ教育の実践」で今度先生と林先生が実践を紹介してくれています。

 「情報モラル」との違い、海外での先進事例、一人1台の情報端末を文具として活用すべきという方向性、そしてそれを実践している事例と、総合的にさまざまな面からデジタル・シティズンシップについて知ることができます。
 一人1台端末をどのように学校に、子どもたちの日常に実装していくかを設計していく先生方にとって、たくさんのヒントを得ることができる本だと思います。

(為田)

*1:Ribble, Mike& Park, Marty, The Digital Citizenship Handbook for School Leaders: Fostering Positive, Interaction Online, Intl Society for Technology in educ, 2019