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書籍ご紹介:『世界まちかど地政学NEXT』

 地域エコノミスト 藻谷浩介さんの著書『世界まちかど地政学NEXT』を読みました。藻谷さんが自らその国に足を運んで書いた文章を読みながら、途上国問題・都市問題・民族問題・国民国家の問題・宗教問題を知ることができる本です。地政学云々というところよりも、安易に「ネトウヨ」に絡め取られないために、どういうことを考えておくべきなのかが書かれていたように思います。先生方とシェアしたい部分を読書メモとして公開します。

 まずは、「都市問題」を扱う章にあった、ニューヨークの地下鉄車内について書かれていた部分です。この本が出版されたのは2019年ですが、2025年のいま、日本でも同じことが言えそうだと感じながら読みました。

地下鉄の車内には、実にさまざまな肌の色の、雑多な服装の人たちが乗っている。多人種混淆で、一見乱暴な見かけの人もいるので、日本人が見れば治安が悪いと勘違いするかもしれないが、これはニューヨークではごく当たり前の服装・態度であり、彼らはおおむね中程度以上の所得の人たちだ。
アメリカで起きているのは所得階層間の断絶であり、肌の色や民族による断絶は半世紀前の話である。このあたりがわからず「有色人種が多いと治安が悪い」と考えるのは、まったくの勘違いでもあり、自覚なき人種差別でもある。(p.106)

 次は、「民族問題」を扱う章にあった、旧ユーゴとアルバニアについて書かれていた部分です。コソヴォの問題を例え話で説明してくれている部分が、わかりやすかったです。具体化と抽象化を行ったり来たりすることの大事さを知った部分でした。

セルビアは、19世紀末に執念の再独立を果たす。しかしその発祥の地コソヴォは、トルコ施政下で移民してきたアルバニア人の土地になってしまっていた。これまた日本を舞台に設定した架空の話になぞらえれば、「元朝に征服された日本人がゲリラ戦を続け、500年後に再独立したが、その間に大和盆地は中国人移民の居住地になっており、その後に“ヤマト国”と名乗って何かと分派行動を取り、ついには欧米の支援を得て日本からの分離独立を宣言した」というような話である。
日本人にはこういう例え話に対して拒否反応を示す人がいるが、そういう方々は自国の歴史だけを特殊視する教育を受け、人類史に共通の構造を見抜く訓練ができていないのではないか。東の果ての海上に孤立してきた国に生まれたゆえに、民族の十字路にある内陸国家の凄まじい生きざまを、我が身に置き換えて考えることができないのだ。(p.172-173)

 最後に「あとがき」に書かれていた、「地政学とは何か」という部分です。この部分の藻谷さんのメッセージに賛成だし、安易に「ネトウヨ」に絡め取られずに、自分自身でちゃんと考える子どもを育てるためにはどうしたらいいのだろう?と考えさせられました。

そもそも地政学とは、地域特性とその場所の歴史に照らし、「ある地理的条件の場所では、どういう対外的事象(=軍事、移民や民族移動、交易、投資、文化伝播、観光交流など)が繰り返される傾向にあるのか」を考察するものだ。これを軍事的な派遣争奪の話に矮小化していては、全体像を見失う。
というのも今の国際社会では、ハードパワー=軍事力よりも、ソフトパワー、つまり経済力(金力)、技術力、文化力、人口圧力、民族意識、宗教、カリスマ性などの方が、はるかに大きな役割を担っている。他国に進出するのに、いまどき軍事介入するなど下の下であり、個人や企業としてお金を投資し利益を回収した方がよほどハイパフォーマンスだ。そのような21世紀における地政学は、ソフトパワーの動態学として再構築されねばならない。本書の書名には、そのような問題意識がこめられている。
ハードパワーの行使者は多くの場合は政府だが、ソフトパワーの行使者は、企業であり資産家であり芸術家であり、その他の個人個人でもある。つまりソフトパワーのさや当てにおいて国は脇役であり、徴税されたくない側からいえば邪魔者ですらあるのだ。だからこそ多国籍企業は、国に守ってもらうどころか、国の目を盗んで蓄財することばかりに注力しているではないか。いまどき国を頼んで排外主義に走り、ポピュリスト政治家の国威発揚パフォーマンスに喝采を送るのは、どこの国でも、そうした国際的なマネーフローから疎外されてしまった者だけである。日本の「ネトウヨ」もその例に漏れない。
そのように疎外された者の排外主義は、実際には国家の持つハードパワーを動かす力にはならないが(どこの国も庶民よりも巨大資本を守りがちだ)、「国民国家への過大な幻想を共有する者の連帯」というネガティヴなソフトパワーを生む。それが、民族問題、格差問題、宗教問題をさらに深刻化させる。(p.289-290)

 今回ピックアップした3つの部分について、いまの日本に当てはまるところはたくさんあると思います。こういう社会に子どもたちが出ていきます。そうしたら、子どもたちは学校で、どんな学び方や考え方を身につけておく必要があるのでしょうか。そういうことを考えるひとつのきっかけになる本ではないかと思いました。

(為田)