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ひとり読書会:『ソーシャルメディア・プリズム SNSはなぜヒトを過激にするのか?』

 クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム SNSはなぜヒトを過激にするのか?』を読みました。Computational Social Science(計算社会科学)の研究者であるクリス・ベイルが、膨大な数のソーシャルメディア・ユーザーの何年にもわたる行動のログなどを分析しています。「エコーチェンバー」から出たユーザーはどうなるのか、ソーシャルメディアとは「プリズム」である、そのプリズムをどうハックすればいいのか、というような気になるところの読書メモを共有します。

ソーシャルメディア・プラットフォームとは…

 最初に、ソーシャルメディアプラットフォームとはどういうものなのかということが書かれていました。学校でソーシャルメディア・プラットフォームというと、「危ないもの」であり、「あまりやらせたくないもの」というような評価を受けていることが多いものです。でも、高校生とか中学生ではやりたがる生徒も多いのが実際ではないかと思います。ソーシャルメディア・プラットフォームとは、そもそもどうして生徒たちを惹きつけるのか、というのを考えるのは大事だと思います。

私たちはフェイスブックやツイッターなどのプラットフォームを、情報の検索やちょっとした暇つぶしのできる場だと思っている。だが、社会的孤立が進む時代において、ソーシャルメディア・プラットフォームは私たちが自身を――そして互いを――理解するために使う最重要ツールのひとつになってきた。私たちがソーシャルメディアにやみつきなのは、目を引く派手なコンテンツが表示されたり気を散らすコンテンツが延々と流れたりするからではなく、私たち人間に生得的な行動、すなわち、さまざまなバージョンの自己を提示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるからである。ソーシャルメディアは、社会を俯瞰するのに使える巨大な鏡ではなく、各自のアイデンティティーを屈折させるプリズムなのだ――それによって私たちは、互いについて、そして自分についての理解をゆがめられてしまう。ソーシャルメディア・プリズムによって、社会的ステータスを求める過激主義者は勢いづき、ソーシャルメディアで政治を議論しても得るものはないに等しいと考える穏健派は”ミュート”され、私たちの大半は反対派を深く疑うようになる。そして、ともすると分極化そのものの広がりについても疑うようになるのだ。(p.11-12)

 「さまざまなバージョンの自己を提示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるから」惹かれるのだ、というのは、ちょっと納得感がある説明だなと思いました。それと、この本のタイトルでもあるソーシャルメディア・プリズムについても書かれていました。
 この2つのことは、この後にもう一度詳しく紹介もされていました。この考え方はおもしろいです。

エコーチェンバーから出ると人はどうなるのか?

 ソーシャルメディアのことを考えるとよく言われる「エコーチェンバー」ですが、「エコーチェンバーを意識しましょう」ということは言われますが、実際にエコーチェンバーから自分で出られたとして、分断から逃れられるのか、ということも書かれていました。ここは読んでいて、「じゃ、どうすれば…」と思ったところでした。

ここで少々立ち止まり、人が自身のエコーチェンバーから出ると一般的にはどうなると言われているかを思い出そう。まず、対立見解と向き合うことで内省が促される。また、どのような話にも二面性があることに気づくようになる。考えのより良い競争が生まれるし、私たちが互いを教化するのを促したり、仲間割れする要素よりもひとつにまとまる要素のほうが多いと気づかせたりする。やがて、こうした経験を経て誰もがより穏健でより見識の広い市民になり、持論を考える際には幅広い証拠を考慮するという務めを律儀に果たすようになる。なかには、こうした経験を経て、相手方の合理的な主張を指摘しつつ自分の側の過激主義者を批判するようにさえなる、と考える向きもある。
だが、パティーやジャネットなど、われわれがインタビューした大勢の物語をふまえると、私にはそうした主張がおとぎ話に思えてくる。(略)互いをより効果的に教化できるようにはまったくならなかったし、ましてや自分の側の過激主義者を批判するはずもなかった。逆に、自身のエコーチェンバーを出たことで、「私たち」と「彼ら」の対比がくっきりしたようだった。
パティーのような冷めた支持者の場合は、攻撃を受けたことで、発達していなかったか眠っていたかした政治的アイデンティティーが活性化されたようだったし、ジャネットのような熱心な支持者の場合は、エコーチェンバーを出たことで、「私たち」と「彼ら」の違いがいっそう大きく見えてきたようだった。どちらのタイプの場合も、自身のエコーチェンバーを出て何が起こったかといえば、考えのより良い競争ではなく、アイデンティティーの悪しきせめぎ合いだった。(p.42-43)

ソーシャルメディアを通じて形成されるアイデンティティー

 ソーシャルメディアが「さまざまなバージョンの自己を提示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれる」ということについて、「鏡に映った自我」という概念が紹介されていました。この感覚はソーシャルメディアを使っていてなんとなくわかる気がします。

アイデンティティーの形成の仕方に社会背景がどう影響を及ぼすかを示した優れた一例が、チャールズ・ホートン・クーリーによる「鏡に映った自我」という概念だ。クーリーによると、私たちは各人の自我を、社会的場面で呈示した自己のさまざまなバージョンに対する他人の反応を観察しながら形成する。この発想において、アイデンティティーは着用するユニフォームではなく、社会実験という複雑なプロセスの結果として捉え直されている。私たちは絶えずさまざまなバージョンの自己を呈示し、どれが他人から肯定的な反応を引き出すかをうかがって、その結果に従うのだ。(p.54)

ソーシャルメディアは「鏡」ではなく「プリズム」

 ソーシャルメディアを使っていくことによって、アイデンティティーを形成していくことができるというのをベースにして、その上に自分のアイデンティティーを正しく映してくれる「鏡」ではなく、ゆがんで見せたりする「プリズム」なのだということが書かれています。「鏡ではなくプリズム」という考え方はいいなと思いながら読みました。

p.57-58
「政治的分極化に重大な影響力を持つソーシャルメディアには、非常に残念な側面がある。社会環境を読み誤りがちという私たちの性向を悪化させることだ。私たちはソーシャルメディア・プラットフォームを、自分の社会的位置づけの把握に役立つ巨大な鏡であるかのように使っている。だが実際には社会環境を曲げたり屈折したりするプリズムであり、自己や対他人の感覚をゆがめている。ソーシャルメディア・プリズムが最も甚大な影響を及ぼすのは、人がその存在に気づいていない場合だ。(p.57-58)

プリズムをハックする

 そのうえで、ソーシャルメディア・プリズムをどう克服していくか、ということが、「プリズムをハックする」ための3つの戦略として書かれていましたので、最後にまとめます(p.112-125)

ソーシャル・メディア・プリズムをハックするために採用できる3つの戦略

  1. プリズムを見て取る術を学び、プリズムが自分や他人のアイデンティティーをゆがめる仕組みを理解できるようになる。
    • プリズムは普通はそれとわからない。認識と現実のずれを明らかにする経験が必要。
    • 誤解に気づかせる働きかけには強い分極軽減効果がある。
  2. プリズムを通して自分を見る術を学び、自分の行動がプリズムに力を与える様子を観察できるようになる。
    • ソーシャルメディアでの自分の行動が自分の政治的意見をどの程度正確に反映しているか調べてみよう。
    • 私たちの大半がオンラインとオフラインとで大きく異なるバージョンの自己を呈示している。
    • プリズムを通して映し出されているバージョンの自己は、他人に見てほしい自己だろうか、と考える。
  3. これまでプリズムに力を与えていた行動を変えて相手方とより生産的な対話をする、という形でプリズムを壊せるようになる。

 これはなかなか難しいのでは…と思いつつ、ここでPolarization Labが紹介されていたので、いろいろと自分で見てみようと思っています。

www.polarizationlab.com

 「私たちの大半がオンラインとオフラインとで大きく異なるバージョンの自己を呈示している」とか「プリズムを通して映し出されているバージョンの自己は、他人に見てほしい自己だろうか、と考える」とかは授業で生徒たちに伝えてみて、どう思うか訊いてみたいなと思いました。

(為田)