NHK「100分de名著」の2025年6月は、アトウッド『侍女の物語』『誓願』でした。指南役は翻訳家・文芸批評家の鴻巣友季子さんで、めちゃくちゃおもしろくて、テキスト『100分de名著 アトウッド 侍女の物語 誓願 ディストピアへようこそ』も買って読みました。
『侍女の物語』(1985年刊)と『誓願』(2019年刊)は、近未来のアメリカに現れた神政国家ギレアデ共和国が舞台の物語です。ギレアデでは、男が政治を行い、女は子供を産むことに注力させられる、性別役割分担の全体主義社会です。ディストピア感がすごいですが、いまのアメリカで現実になりつつあるような描写も含まれています。アトウッドは「予言する作家」とも呼ばれているそうです。
「100分de名著」はNHKオンデマンドでも配信をされていると思いますが、番組を見なくてもこのテキストでも十分楽しめると思います(というか、怖いし、いろんなことを考えさせられます⋯)。
学校の先生方と共有したいなと思ったところを2つだけ、メモとして共有したいと思います。1つ目は、「ディストピア小説」を読む意義についてのところです。
実はディストピアとは、ユートピアの対抗概念ではなく、その拡張概念なのです。
こうした考えを、私はアトウッドから直接教わりました。2010年に彼女が来日した際に行ったロングインタビューでは、ディストピア小説と架空宇宙フィクションはどのように違うか、文学とプロパガンダの相違、篤信と狂信の境などについてくわしく考えを聞いています。アトウッドは同年、ある文学賞の受賞スピーチで、「プロパガンダというのは絶対的なものを扱う。しかし文学は(⋯)“maybe, could be, possibly, perhaps” (かもしれない、ありうる、ひょっとしたら、たぶん)ということを書く」と述べていました。それについて話を向けると、彼女は「そのとおり。“what if”(もし~だったら)の世界ね。「こうなったらどうなる? われわれはそれを受け入れられるか?」と思索を巡らせるでしょう」と述べました。それが文学であり、ディストピア小説だということです。(p.27-28)
「文学は(⋯)“maybe, could be, possibly, perhaps” (かもしれない、ありうる、ひょっとしたら、たぶん)ということを書く」という言葉、とてもいいなと思いました。リアルにそういう状況が迫ってくるまで気付けないのではなく、その前にフィクションの世界でディストピアを想像することができることは、とても大事なことだと思います。
「“maybe, could be, possibly, perhaps” (かもしれない、ありうる、ひょっとしたら、たぶん)ということ」を考えられるように、学校では読解力を身につける必要があると思います。そう考えると、物語やフィクションを読める場面が学校で多くあることは重要だと思いました。
2つ目は、「ディストピア洗脳三原則」です。これは、リアルな世界で気をつけなくてはならないな、と思ったのでメモをとりました。
ディストピア小説に描かれる国家や社会には共通した制度や政策があります。権力当局による思想統制や焚書、宗教・信心の制限や迫害などはわかりやすいですが、その他に注意すべき点を私は特に「ディストピア洗脳三原則」(略してディストピア三原則)と呼んでいます。以下のようなことの兆しが見えたら要注意ということです。
一、国民の婚姻・生殖・子育てへの介入と管理
二、知と言語(リテラシー)の抑制
三、文化・芸術・学術への弾圧(p.32)
特に、「二、知と言語(リテラシー)の抑制」と「三、文化・芸術・学術への弾圧」は学校教育と深く関わってくるところです。誰かに「これを教えろ」と言われたときに、「知と言語(リテラシー)の抑制」になっていないか考えないといけないし、教室で子どもたちへ自分がかける言葉が「知と言語(リテラシー)の抑制」になっていないかも考えないといけないなと思いました。
SNSなどの発達で、「エコーチェンバー」とか「フィルターバブル」とか、承認欲求とか、フェイクニュースとか、そういうのがどんどんでてきている昨今、ここに書かれている「ディストピア三原則」については気をつけていないといけないと思いました(というか、本当にズシンと危うさを感じています)。
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テレビでの「100分de名著」もテキスト『100分de名著 アトウッド 侍女の物語 誓願 ディストピアへようこそ』も本当に楽しかったので、素材となっている2冊『侍女の物語』と『誓願』も読もうと思います。
テーマがあれなんで高校とかでも生徒たちには紹介しにくいかな、とも思うのですが、こういう本こそ電子書籍の読み放題サービスとかに入れて、クラスの大多数の生徒たちが同時に読んでいろいろ話し合う、みたいな感じになったらおもしろいのにな、と思いました。NHK for Schoolのサービスとしてどうでしょうか?(笑)
(為田)
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