教育ICTリサーチ ブログ

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書籍ご紹介:『アメリカン・ベースボール革命 データ・テクノロジーが野球の常識を変える』

 ベン・リンドバーグ、トラビス・ソーチック『アメリカン・ベースボール革命 データ・テクノロジーが野球の常識を変える』を読みました。ちょっと息抜きのつもりで読み始めたのですが、ものすごく興味深いことが書かれていて、おもしろかったです。

 野球にデータ・テクノロジーを導入といえば、『マネー・ボール』を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、『マネー・ボール』はどんな選手をスカウトして入団させればチームが強くなるか、という話だったのですが、『アメリカン・ベースボール革命』の方は、データを見てどのようにプロ野球選手の能力を伸ばすか、また、それがこれまでの伝統とどのように衝突し、それをどう乗り越えていくか、の本でした。

 読み始めて最初に、トレバー・バウアー*1というピッチャーの例が出てくるのですが、彼が自分で自分のスキルを高めるためにあらゆる手段を試してみる、というタイプで、そのなかでGRIT(グリット)と成長マインドセットの話も出てきました。

キャリアの多くの時間をグリットの研究に費やしてきたダックワースにとって、最も驚くべきことは、「グリットを育む方法について、人も科学もいかに無知か」ということだ。はっきりとわかっているのは、持って生まれた才能によってグリットのある人に育つことはないということだ。もしそうなら、彼女のデータには逆にグリットが計測された才能に結びつくことが示されるはずだ。「子どもにグリットを教える方法について、わたしが知る最高のものは、成長マインドセットと呼ばれるものです」とダックワースは語っている。
成長マインドセットとは、スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックが定義した性格のことだ。彼女の研究によれば、わたしたちが自分の能力をどう捉えるかが才能を生み出す鍵となる。ドゥエックはスキルや能力、性格は大きく改善されたり変化したりすることはないとみなす考えかたを、硬直マインドセットと定義する。文化批評家のマリア・ポポーヴァによれば、硬直マインドセットを持っていると、「なんとしても失敗を避けることで自分は賢明で能力があるという感覚を維持する」が、成長マインドセットの持ち主は失敗を愚かさの証拠や能力の欠如を表すものではなく、「成長と、持てる能力を伸ばすことを優しく促す跳躍台」とみなしているという。
野球界にグリットや成長マインドセットを示す実例があるとすれば、それはトレバー・バウアーだ。(p.35-36)

 アメリカのメジャーリーグの選手といえば、みんな超一流ですが、みんながみんな、グリットや成長マインドセットをもっているわけではない。みんながみんな、「自分はどうすればスキルを上げていけるか」を考えて、自分でスキルを上げられるわけではない、ということが書かれていました。

 トレバー・バウアーも通う、デジタルツールを駆使して野球のスキルを上げていくための秘密基地のような場所としてドライブライン・ベースボールでの場面が多く紹介されます。検索していろいろなサイトを読んでみましたが、これもまたおもしろいです。日経新聞でも取り上げられていました。
www.drivelinebaseball.com

www.nikkei.com

 そのドライブライン・ベースボールのデジタルを駆使した選手育成ノウハウを売り込みに行ったときの、カイル・ボディさんとタンパベイ・レイズのアンドリュー・フリードマンGMのやりとりは、学校現場にコンサルとして入る自分自身とも繋げながら読みました。

ボディはフリードマンの鋭い質問を覚えている。「なぜきみはプロ野球の世界で働きたいんだい?」
フリードマンはその質問でボディを驚かせた。それはつまり、ボディがプロ野球界の外側、その裾野で働いたほうが大きな変化を起こせるという意味だ。内部から選手育成を変えようとしたら、巨大な組織と戦わなくてはならなくなる。(p.83-84)

 データでいろいろなことが可視化されるようにはなっているけれども、とはいえ「データですべてを解決する」というふうにはなっていない話も書かれています。

「40ヤード走というのは、選手たちが走るのをただ見て、すごく速いとかちょっと遅いとか感想を言っているだけではない」と彼は言う。「ストップウォッチを持って測っている。いまや、野球のさまざまな部分を計測するストップウォッチがあるようなものなんだ」
チームは問題点を把握すれば選手を修正できるとはかぎらない。だが問題が確認できていないとか、誤認してしまっているよりもはるかにいい。見た目と実力は必ずしも一致しないが、客観的な測定をすることで「見た目と能力を切り離せる」とマッケイは言う。ツールから得た数字を選手に伝えれば、選手はそれを単なるひとつの意見にすぎないとは言えなくなる。「それはわたしの意見ではなく厳然たるデータだ。だから誰もが受けいれるはずだ」(p.300)

 アメリカのメジャーリーグを舞台とした本ですが、データを使っていく潮流は日本のプロ野球にも入ってきているそうです。この本のなかでも、東北楽天ゴールデンイーグルスや横浜DeNAベイスターズの話も出ていました。部活でもデジタルツールを使っているところは増えてきているし、プロジェクト学習のネタとしてもおもしろそうかもしれないと思いました。

 この本は野球を題材とした本ですが、野球だけでなく、「データを重視することでこれまでの仕事が変わっていく」業界の話として読めば、学校業界でもこうした「データで計測できるものを計測して分析していきましょう」という試みと結びつけて読むこともできます。
 僕はこの本を読んで、戸田市教育委員会の実践事例紹介で紹介された、たまご型レコーダーで録音した話し合いを自動分析して、グラフやレポートで見える化する「Hylable Discussion(ハイラブルディスカッション)」が狙うところと近いな、と感じました。データで見られるからこそ、可視化できて、課題があるならば対策をとったり、良いところは横展開したり、ということもできると思います。
www.learning-innovation.go.jp

www.hylable.com

 野球やスポーツが好きな、教育に関連する人たちは、どんどん読んでみるとおもしろいのではないかと思いました。

(為田)

*1:この本を読んだのを機会に、トレバー・バウアー選手について検索をしてみましたが、とびっきりの成績を残しつつも、たくさんの問題もある選手なのですね…。