教育ICTリサーチ ブログ

学校/教育をFuture Readyにするお手伝いをするために、授業(授業者+学習者)を価値の中心に置いた情報発信をしていきます。

やってみた:仙台白百合学園エンカレッジコースの先生方とOCULUS QUEST 2 で遊んでみた

 弊社フューチャーインスティテュート株式会社は、昨年度から仙台白百合学園と教育ICTアドバイザー契約を結び、特に小学校のICT推進を中心にお手伝いしてきました。1人1台環境を整えるための助言に加え、様々な企業との協業によるプログラミング教育推進や遠隔合同授業を実現するなど、子どもたちの新しい学びの形を先生方と一緒に構築してきました。
 今年度からは、週に一度常駐して、先生方が実現したい教育を下支えさせていただいています。
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 仙台白百合学園はひとつの敷地に幼稚園、小学校、中学・高等学校があります。2014年には高等学校に「通信制課程エンカレッジコース」が開設されました。全日制課程に通信制課程を加えることで、すべての生徒が大切にされる学校を目指しています。

 エンカレッジコースの先生方とは、およそ月に一度のペースで勉強会を行っているのですが、今回は「新しい教育の可能性を探ってみよう」という名目で、みんなでVR体験をしてみました。

 今回使用したVRバイスは「OCULUS QUEST 2」です。OCULUS QUEST 2はフェイスブック・テクノロジーのブランド「Oculus」が開発したOculus Questの後継となるバーチャル・リアリティヘッドセットで、2020年10月13日に発売されて以来、話題になっています。
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www.oculus.com

 OCULUS QUEST 2は、学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校・S高等学校で今年度開設された「普通科プレミアム」コースでも採用されています。
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nnn.ed.jp

 今回は、弊社で保有している1台を交代でかぶって、デバイスの基本操作をチュートリアル形式で学ぶことできるアプリとリズムゲームアプリを体験いただきました。

 ヘッドセットはフェイスガード部分が直接顔と接触するので、複数人での使い回しは衛生上あまり良くないし、女性の先生方中心でお化粧の心配もあろうかと考え、使い捨てのフェイスマスクを用意しました。また、ヘッドセットを素早く使い回せるようにと、オプションアクセサリの「QUEST 2 ELITEストラップ」を導入しました。このアクセサリによって、より簡単にヘッドセット装着とフィット感調整ができ、バッテリー内蔵なのでヘッドセットの駆動時間を延長することができました。

 先生方は全員初めての体験で、いわゆるホーム画面を見ただけでも
「おー!!すごい!」
「本当に奥行きを感じる!」
「わー!360度どこを見ても空間が広がっている!」
「まるで無現城の中にいるみたい!」
「鯉が泳いでるー!!」
「コントローラーがなくても自分の手と同じようににぎったり開いたりできる!」
と大興奮でした。

 続いてチュートリアルアプリでコントローラーの使い方の練習を体験していただきました。ここでも先生方は夢中になって操作していました。が、こうした体験をする場合のちょっとした留意点が見えました。
 それは「身長差」です。
 VRヘッドセットは、使用者が安全安心にプレーできるように、その人の体格などに合わせてキャリブレーションします。その際に地面の位置(ヘッドセットと地面の距離)も認識させます。ひとつのヘッドセットを使い回すと、使用者の身長差は自動的には補正されません。なので、キャリブレーション時に使用した人よりも身長が低い人がそのまま使用した場合、VR上では相対的に「空間を低い位置から見ている」状態になるのです。VR内でテーブル上の物をつかむような場合、適切なテーブルの高さになるのではなく、テーブル自体がとても高い位置にあるようになってしまいました。今回は「それでも背伸びしてなんとかつかんでみて!」と無茶ぶりして、それさえもみんなで楽しむことができましたが、より本格的な体験を行う場合には、多少面倒でも都度キャリブレーションする必要があると学びました。

 続いて何人かの先生方に無料のリズムゲームを体験していただきました。
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 コントローラーの使い方も十分な習熟ができないままでのトライでしたが、プレイしているうちにどんどん慣れてきて
「これってどうしたら…こう?ああー!」
「なるほど、こういうことね!」
などと、まわりからいちいち指示や助言しなくても楽しめるようになりました。習うより慣れろとはよく言ったもので、その様子を見ながら「失敗を怖がったり恐れたりするのはむしろ周りの人間で、本当に没頭している本人は、自分でやりたいことができるようになるように自己調整しながら身につけていくものなのだろうな…体験と学習の関係とか、ドリルと自己調整の関係とか、そういうことなのかも知れないな…」と感じました。
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 後日、この体験会に参加された教頭先生から、このような声が寄せられました。

昨日は、夢のような時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。テレビなどで「VR空間の様子」を見たことはあったのですが、実際に自分がその中に入ると、あそこまで立体的だとは思いませんでした。VR空間での作業など、生徒にとっても我々にとっても可能性は本当に無限なのだな、と感じます。

 教頭先生のコメントにある「可能性は無限大」という言葉には、とてつもない重さを感じました。裏返せば「我々教師は自分の知らない世界を子どもたちに提案できずにいるのではないか。子どもたちの可能性や展望を、自らの狭い経験知で規定して狭めてしまっているのではないか。教師本位での言動が、子どもたちの発想そのもののの豊かさを意図せぬまま制限しているのではないか」という問いを生じさせます。授業で言えば、いわゆる予定調和の気持ち悪さとでも言いましょうか。

 目標があって評価があって、活動や仕掛けがあって学びに結びついて。その計画性や周到さは大事だし、それも含めて授業を計画することは必要なことだと思っています。しかしながら「教師が教える」と言うことと「子どもが学ぶ」と言うこととは次元やフェーズに違いがあって、そういう違いがあることそのものに教師が自覚的であるかどうかで子どもたちの学びが変化したりして、その良し悪しは結果としての事後にしか検証できず、その時点でその学習はやり直しがきかない、という無限のスパイラル・ジレンマに向き合うことに繋がります。そうそうさくっと解決できることではありませんが、こうした新機軸を体験することを通して、教師が自分自身の了見も含めて見つめ直す機会があることは、とても大事なことだなと改めて感じました。

 日頃の重圧からちょっとでも解放されているような笑顔が先生方から見えたことが、何よりうれしい体験会でした。
 最終盤に聞こえた声は
「やばい…帰りに量販店に寄ってしまう…」
「いまAmazonで検索してみたんだけど…あーポチりそうだー!」
でした。

(佐藤)