教育ICTリサーチ ブログ

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書籍ご紹介:『コンヴィヴィアリティのための道具』

 この夏もたくさんの学校で研修講師をさせていただきました。学校でのICT活用について研修するときには、緒方壽人さんの著書『コンヴィヴィアル・テクノロジー』で紹介されていた、イヴァン・イリイチの「道具にある2つの分水嶺」の話をしています。ICTを活用するときに、「いろいろとリスクもあるから使わない」と使う/使わないを1つの分岐点で考えるのではなく、ちょうどよい使い方をすることが大事で、そのために2つの分水嶺の話をしています。研修後には、参加している先生方からも「2つの分水嶺の話は興味深かった」とおっしゃっていただくことも多くあります。

 そんな「道具にある2つの分水嶺」の話ですが、イヴァン・イリイチ本人がどんなふうに「2つの分水嶺」について書いているのかを読みたくて、イヴァン・イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』を読みました。

 イリイチが書いている「道具」は、人が手で扱う小さな道具から、大きなシステムや制度まで含めて考えられています。そして、システムや制度なども含めて、「足りなさ」の分水嶺と「行き過ぎ」の分水嶺の2つの分水嶺がある、と書かれています。

われわれの今日の社会的危機について新鮮な展望を得るには、こういったふたつの分水嶺が存在するのを認識すれば充分である。十年のうちにいくつかの主要な制度は手をつないで第二の分水嶺をのりこえた。学校は教育を提供する効果的な手段だと主張する資格を失いつつあるし、自動車は大量輸送の効果的手段ではなくなり、流れ作業は容認できる生産様式ではすでになくなっている。(p.33)

 『コンヴィヴィアリティのための道具』は1973年に出版された本ですが、このときすでに「学校は教育を提供する効果的な手段(=道具)」としては、第二の分水嶺をのりこえている、と書かれていることに、驚きました。本当にアップデートが必要なんだよ…と思っています。学校は第一の分水嶺をこえて「教育を提供する効果的な手段」であったものの、だんだん学校に行くこと自体が目的化してしまい、いまは第二の分水嶺をこえてしまっているのかな、と思います。

 同じページには、「輸送」がどのように2つの分水嶺をこえたのかということも紹介されていました。こちらの方が2つの分水嶺の話はわかりやすいかもしれません。

輸送の場合には、モーターを備えた乗りものの奉仕を受けていた時代から、社会が事実上、自動車の奴隷となるにいたった時代に移るには、ほとんど一世紀を要した。(略)次第に、望ましい移動といえば乗りものの高速が連想され、ついにはそれと同一視されるようになった。しかし輸送がその第二の分水嶺をこえてしまったとき、乗りものはそれが地域を結びつけるのに役立つというよりさらに距離を産み出してしまった。つまり交通のおかげで、”節約された”時間より多くの時間が社会によって使われたのである。(p.33)

 「道具が成長するのにはふたつの領域がある」と書かれているところは、だいぶ書かれていることは難しいですが、「ふたつの領域がある」ということを踏まえて、「学校においてICTは道具に過ぎない」という言葉を考えてみたいなと思いながら読みました。

道具が成長するのにはふたつの領域がある。ひとつは、その域内なら機械が人間の能力を拡大するために使われる領域であり、ひとつは、そこでは機械が人間の機能を縮小しふるいにかけ置き換えてしまうために使われる領域である。第一の領域では、個人としての人間は自分自身のために権威を行使することができ、それゆえに責任をとることができる。第二の領域では機械が人間のあとをおそう。すなわちまず、操作者と依存者の双方において選択と動機の範囲を縮小し、ついで機械自身の論理と要求を操作者と依存者双方に強制する。私たちが生き残れるかどうかはごくふつうの人々に、そういうふたつの領域があることを認識して自由を保ちつつ生き残ることを選ぶのを許すような、さらに、その構造ゆえに破壊的であるような道具と制度を排除し有用な道具と制度を制御できるために、道具と制度に内蔵された構造を正しく評価することを許すような、そういう手続きをうちたてることにかかっている。たちの悪い道具を排除し、目的にかなう道具を制御することは、今日の政治にとって二大優先事項である。(p.188-189)

 難しい箇所もたくさんあった『コンヴィヴィアリティのための道具』でしたが、イリイチ本人の著書にあたってみることができてよかったと思っています。ただ、わかったのは、緒方壽人さんの『コンヴィヴィアル・テクノロジー』が素晴らしくわかりやすい、ということでした。もう一度読み直そうと思います。

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 2つの分水嶺の話、先生方にたくさん話して、先生方からたくさんのフィードバックをいただいて、現場で話せるように自分のなかの言葉と考えを磨いていきたいと思います。

(為田)