Sports Graphic Number 1133「アスリートに学ぶ外国語学習法。」を読みました。海外で活躍する日本人アスリートがどのように外国語を学習しているのかを特集した号です。メジャーリーグ ロサンゼルス・ドジャーズの山本由伸 選手と大谷翔平 選手、卓球の石川佳純 さん、F1ドライバーの角田裕毅 選手らの名前が表紙に並んでいます。いろんなノウハウを知ることができたのですが、そのなかから特に印象深かった部分を紹介したいと思います。
「生成AIで英語なんてできなくてもよくなるんじゃないの…?」という疑問への答えになりうるかもしれない、テクノロジーによる外国語能力の拡張では得られないかもしれない、外国語を話せるようになることの良さを伝える教材になるのではないかなと思いました。
石川佳純 さん(卓球)
元卓球選手で、いまはスポーツキャスター・解説者として活躍している石川佳純さんは、卓球を強くなるために中国語を学習したと言います。
言葉が分かればコーチの教えをより深く理解し、吸収することができる。とくに世界最強の中国には日本語にはない、卓球の専門用語がある。中国語を理解すれば、より精密に卓球の議論を行うことができる……つまり、卓球のレベル向上につながる。石川は卓球を上達させたい一心で、日々の練習のなかでコーチたちから少しずつ単語を教えてもらい、それを使って会話して……をくり返していた。そのうちコーチとも少しずつ中国語で会話ができるようになっていった。(p.14)
この「世界最強の中国には日本語にはない、卓球の専門用語がある」というところは、言語による認知の限界を感じさせられます。だからこそ、中国語を学ぶことで、その専門用語を使ってより精密に卓球の議論ができる、という考え方です。結果、石川選手は強くなっていった、と言います。
中国語の上達と比例するように、プレーでも成長曲線を描いていった。
卓球界では中国語が公用語といっても大げさではない。世界ランキング上位を中国の選手が独占し、中国語が理解できないと情報戦で遅れをとってしまう。中国語を話さなければ、そのハンデの存在に気付かない可能性もある。そういった意味でも、中国語ができることは大きなアドバンテージをもたらすのだ。
現役時代、石川は水谷隼らも指導した名将・邱建新や、陳莉莉、李鷺、中澤鋭(中国名:王鋭)といった中国出身コーチから指導を受けてきた。
「中国語を日本語に訳すと微妙なニュアンスが変わってしまうので、完全に理解しようと思ったらやっぱり私が中国語をマスターするしかないと考えていました。(略)」(p.17)
これは、外国語だけの話ではなく、同じ日本語を使う人たちのなかでも、属しているコミュニティによって語彙が重なっていなくて理解ができない、ということもあるなと思うことがあります。そうしたコミュニケーションの話にも繋げられそうだと思いました。
吉田麻也 選手(サッカー)
元サッカー日本代表のキャプテンを務めていた吉田麻也 選手は、2025年5月には『米国に影響を及ぼしたアジアの100人』に選出され、英語・イタリア語・ドイツ語・スペイン語も使いこなすそうです。いまはアメリカのロサンゼルス・ギャラクシーに所属してキャプテンマークを巻いています。「背中で引っ張るだけでなく、僕は言葉でもチームを鼓舞できる存在でありたい」(p.28)と言います。
そんな吉田選手は、高校時代から英語をしっかり学んでいたそうです。学校での英語教育にも一定の評価をしているそうです。
「もともと欧州への憧れはあったけど、あのとき『自分もここでプレーするんだ』とゴールが明確になりました。そのためには英語が必要になる。目標から逆算して、英語を勉強しようと決めたんです」
小学校卒業と同時に親元を離れ、プロになることを誓った男である。
やると決めたら、やる。
高校時代は授業に集中した。他の教科とは打って変わり、英語教師の言葉に全力で耳を傾け、一心不乱にノートを取った。
「日本の学校教育って、やっぱりちゃんとしているんですよ。特にグラマー、文法です。まずは授業で文法を頭に入れた上で、単語や〈as soon as〉のような定型の表現を徹底的に覚える。文法という武器に新しく覚えたフレーズを当てはめるだけで、かなり役立ちました」(p.27)
外国語を話せることはサッカーで役立っているだけでなく、人生も豊かにしてくれている、ということを吉田選手は言っています。
「サッカーがきっかけで勉強を始めましたけど、今ではサッカーを抜きにしても、外国語を学んで本当に良かったと思える。プラスの面しかありません。自分の住む世界が広がるし、友達がたくさんできます。シンプルに、人生がすごく豊かになりました」(p.29)
この「シンプルに、人生がすごく豊かに」なるのだということが、英語の授業でもっと実感できるといいのにな、と思います。
松山恭助 選手(フェンシング)
パリオリンピックのフェンシング金メダリストである松山恭助 選手は、大学在学中に英語の必要性を痛感して、中学英語からしっかりやり直したそうです。英語を「実装」したことで、世界を転戦するときの心持ちも変わり、パリオリンピックでも金メダルを獲得し、オリンピック後にポーランドのフェンサー、アレクサンドラ・イェグリンスカ選手と国際結婚をしています。松山選手は、英語で伝えようとすることがフェンシングの試合でどう活きるのかということについて語っています。
英語で伝えようとすることで、様々な道筋が開けることを松山は知っている。
「フェンシングの試合前も審判と軽く英語で挨拶を交わしますが、何も話さないでムスッとしているよりも、軽くコミュニケーションを取った方が心証も良くなると思うんですよね。日本人の課題は、完璧な英語を話せないとダメだと思っていること、そして考えていることを相手にきちんと伝えないことだと思います」(p.44)
佐藤秀典 さん(ラグビー日本代表 チーム通訳)
ラグビー日本代表チームは多国籍です。もうずいぶん前から英語はマストになっていると言います。そんなラグビー日本代表チームで通訳を務める佐藤さんは、英語力というのはそもそも性格やコミュニケーション能力の上にあるものだ、ということをわかりやすく例えていました。
どれだけ英語力があったとしても、元々の性格やコミュニケーション能力が機能しなければ意味がない。この因果関係について佐藤は、コンピューターやデバイスに備わるハードウェアとソフトウェアに例える。
「いくら英語力というソフトウェアがインストールされても、元々の性格やコミュニケーション能力というハードウェアがしっかりしていなければ、限界があるかなと思います。たとえ内向的な性格であるとしても、その場面であえて外向的な自分を演じられるか。履正社でも『スピーキングが伸びない』と相談に来る学生がいます。しかし、そもそも日本語でアウトプットできているかを観察すると、クラスでの発言や表現の回数が少ない。そうなると、英語のスピーキングの上達も進まないですよね」(p.48)
(為田)
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