2025年2月14日に「デジタル教科書推進ワーキンググループ中間まとめ」が出ました。この中間まとめは、「Ⅰ. デジタル教科書をめぐる状況」「Ⅱ. 今後のデジタル教科書の在り方」の2つのパートから成り立っています。
僕は、一連のデジタル教科書推進ワーキンググループを何度かオンラインで傍聴させていただきました。出席されている方々、それからプレゼンテーションをされる有識者の方々のお話を伺いながら、小中学校の教室で参観させていただいてきたデジタル教科書を活用した授業を思い出していました。だいたい授業後には、先生方とデジタル教科書の活用方法についてお話を伺うことができます。
僕は、基本的にはデジタル教科書を使う選択肢が学校にできることには大賛成ですが、今回の中間まとめと、学校現場で見たこと・聴いたこと・感じたことを重ね合わせながらいろいろ考えたいなと思っています。
デジタル教科書「推進」のゴールはどこ?
僕は、デジタルが学校で活用されるようになることには賛成です。それは児童生徒の学び方をデジタルでアップデートできると感じているからです。デジタル教科書を学校で活用することは、この「児童生徒の学び方をデジタルでアップデート」の線の上にあると思っています。
ただ、「デジタル教科書推進」という言葉に関しては、何がどうなったら「デジタル教科書(の活用が)推進(された)」と評価するのかを知りたいと思います。これこそがワーキンググループのゴールでもあるし、デジタル教科書を推進する文部科学省の方針のゴールになるからです。
「学習者用デジタル教科書を、全教科・児童生徒全員が使うようになること」がゴールなのでしょうか?もし、それが目指すゴールなのであれば、学習者用デジタル教科書を全員分購入する予算が必要ですし、予算を議会で通すのであればデジタル教科書を活用する場面がもっと増えないといけないと思います。
それとも、「いつでも望めば先生が指導者用デジタル教科書を活用して授業をできるようにすること」がゴールなのでしょうか?これだと、学習者用デジタル教科書は必ずしも児童生徒一人ずつに必要はなくなると思いますが、これも「デジタル教科書推進」と言えるかもしれません。
学校現場へ行くと、「デジタル教科書を使わないといけない(=推進しないといけない)」と頑張っている先生方がいます。でも、何がどうなったらデジタル教科書を推進できているかのゴールイメージが共有できていない気がします。数値化をしてほしいわけではありません。数値化すると、その数値を実現するために頑張ることになるので。そうではなく、「デジタル教科書(の活用が)推進」されたら、どんな授業になればいいと考えているのか、そのゴールイメージをもっと伝えてくれたらいいのに、と思います。
デジタル教科書の話の前に「教科書観」の話をしよう
「デジタル教科書推進」のゴールを設定するためには、デジタル教科書がどんな役割を学校教育で果たすべきなのか、ということを考えることから始めるべきだと思います。そして、デジタル教科書の果たすべき役割を考えるためには、その前にこれまで教科書が果たしてきていた役割を考える必要があると思います。これまで教科書が果たしてきた役割を考え、それをデジタルでアップデートしたときに「デジタル教科書が果たせる役割」が見えてくると思います。
まず考えるべきは、教科書がどのような存在であってきたのか、どのような存在であるべきなのか、という「教科書観」だと思います。
日本の学校教育のなかで「教科書」が果たしてきた役割は、以下の4つなのではないかと思っています。
- 知識技能の伝達:正統な考え方、解き方、手順、事柄の伝達
- 教科書には、「知識技能の伝達」について圧倒的な正統性があります。特に義務教育では、正しい考え方・解き方、覚えておくべき知識を児童生徒に伝えなければいけません。そして、学んだ考え方や知識を使って、思考や表現の仕方を学んでいく必要もあります。児童生徒が身につけておくべき知識技能を習得できるように、教科書は「何を学ぶか」「どこまで学ぶか」「どのように学ぶか」を規定している、正統性をもっていると思います。この正統性があるから、先生方は教えるツールとして教科書を安心して使うことができると思います。
- リファレンス:いつでも学んだ情報を参照可能
- 体系だった教科書の内容は、ふりかえればいつでも学習内容を参照可能です。単元系統表などを使って必要なページを示すこともできると思います。他教科との連携も可能になります。
- 習熟のための素材:学習者が書き込んで習熟するための素材を提供
- 教科書のなかにある例題や問いかけなどは、児童生徒が学んだ知識技能を習熟するための素材として提供されています。どのような素材を教科書に掲載するかというのは、各教科書会社がこれまでに蓄積してきた知見・ノウハウがあり、それがあるからこそ教科書の内容は質が高いものになっています。
- 習熟トレーニング:習熟のための練習問題や課題などの提供
- 教科書に掲載されている練習問題や課題が提供されることで、習熟トレーニングの機会を与えることができます。
この4つの役割を教科書が果たしてきたからこそ、日本の学校教育は成果をあげてこられたのではないでしょうか。
僕にとって教科書は、基本的には学校で先生が「教えるためのツール」であるとともに、「ここまで理解できるようになってほしい」というガイドラインになるものです。教えるツールとして教科書(と指導書)があることで、日本全国の先生方に「どう教室で教えるか、どこまで教えるか」を広く伝えることができているのだと思います。これが僕の教科書観だと思います。
もちろん、「教科書は教えるためのツールではなく、学習者が学ぶためのツールだ」という教科書観も存在すると思います。だから、教科書がどのようにあるべきかという教科書観をディスカッションすることが必要だと思います。
ここにさらに、「デジタル」をどう使うかということを上に乗せると、「デジタル教科書がどのように学校で使われたらいいのか」という「推進」の方向性を考えることができるのではないかと思っています。
デジタル教科書=教科書の役割をデジタルで拡張したもの、になればいい
教科書がもっている「知識技能の伝達」「リファレンス」「習熟のための素材」「習熟トレーニング」の4つの役割をデジタルで拡張するのが、デジタル教科書の良さなのではないかと思います。
今の学校では、一人1台の情報端末を表現・思考のためのツールとして活用していると思います。授業支援ツールを使ってワークシートを配布・提出したり、児童生徒間でワークシートを相互参照して協働的な学びをしています。ドキュメントやスプレッドシート、デザインなどを共同編集している授業も増えてきました。
ただ、こうしたデジタルを活用している授業のなかに、学習者用デジタル教科書はあまり入っていないと思います。では、デジタル教科書は要らないのかというとそうではなく、一人1台の情報端末を表現・思考のためのツールとして使うときに、デジタル教科書とシームレスに繋がるようになればいいのではないかと思います。
例えば、教科書に書かれている正統なコンテンツとしての「まとめ」や「定義」や「図表」「写真」「グラフ」を、児童生徒の表現・思考のプロセスに入れられたらいいと思います。ネットで玉石混交のデジタルコンテンツを探すのではなく、確実な学びの第一歩として教科書のコンテンツをデジタル教科書を入り口として提供したらいいと思います。
僕がいままで参観させていただいた授業の中だと、2023年2月に参観させていただいた、つくば市立学園の森義務教育学校の5年生の社会の授業では、児童が学習者用デジタル教科書から教科書に掲載されている写真や図をそのままコピー&ペーストしてPowerPointの中で使っていました。教科書に掲載されている写真などの著作物を共有されているPowerPointに貼り付けるということは、クラウド上にデータを保存することになるので、一般社団法人 授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)への届け出が必要になりますが、こうして教科書という信頼できるコンテンツを使って学習の質を担保することができるようになると思います。
これは、4つの教科書の役割のなかの「知識技能の伝達」と「リファレンス」をデジタルで拡張した、デジタル教科書の使い方だと思っています。
また、2023年3月に参観させていただいた、たつの市立龍野西中学校の1年生の英語の授業では、生徒たちは学習者用デジタル教科書を活用して、教科書本文の音読練習をしてから、本文を読み上げる音声を一人ずつヘッドセットで聴いて、自分でも発音をしていました。発音の練習は、Googleドキュメントを開いて、「ツール」メニューから「音声入力」を選び、マイクに向けて教科書本文を読んでいました。正しく発音ができていれば、教科書と同じ文章がGoogleドキュメントにどんどん入力されていきます。学習者用デジタル教科書で本文を確認してから読み上げている生徒もいましたし、紙の教科書を開いて本文を読み上げている生徒もいました。自分が学びやすい方を選べるようになっています。
これは、「習熟のための素材」として学習者用デジタル教科書の英文音声データを活用している使い方だと思います。
この他にも、指導者用デジタル教科書にあるQRコンテンツを使ってシミュレーション教材を子どもたちに見せて一緒に考える授業など、デジタル教科書を活用して先生方の「教え方」と児童生徒の「学び方」がアップデートされている事例はたくさんあります。
多様な学習者への対応のためのデジタル教科書
教科書が日本の公教育で学ぶべき正統な学習内容を提供しているのだとすると、「幅広く」「すべての児童生徒に」教科書は読みやすいものであるべきだと思います。
例えば、地域によっては日本語だけでは十分なコミュニケーションができない児童生徒が教室で学んでいることもあると思います。そのときに、担任の先生が他言語対応をするのは現実的ではないと思います。それぞれの言語で書かれた教科書を用意することは難しいと思います。
また、さまざまなハンディキャップにより教科書を読みにくい児童生徒もいると思います。視力が弱かったり、色覚異常だったりの理由で、教科書の文字を読みにくくて学習ができない、ということもあると思います。
一人1台の情報端末でデジタル教科書のテキストをドラッグして、翻訳ツールを使えば外国語へ翻訳することができます。視力が弱い児童生徒のために教科書に書かれている内容のフォントを大きくしたり、読み上げたりすることもできます。色覚異常の児童生徒のために、教科書紙面の色を調節することもできます。
デジタル教科書は、いままで学びにくさを感じていた児童生徒に、今よりも学びやすい環境を作る役割を果たせると思います。これもまた、「知識技能の伝達」の役割をデジタルで拡張した使い方になると思います。
デジタル教科書が拡張すべきは、「ツール」ではなく「コンテンツ」
学校で先生方とデジタル教科書についての話をしていると、デジタル教科書にノート作成ツールやドキュメント共有ツールなどをつけてほしい、という先生方の要望を聞くことがときどきあります。僕は、デジタル教科書にノート作成ツールやドキュメント共有ツールの機能はつけるべきではないと思います。
ノート作成ツールやドキュメント共有ツールは、すでにさまざまなツールが存在しています。Google for educationでもMicrosoft 365などでもいいし、ロイロノート・スクールやスクールタクトなどの授業支援ツールでも、CanvaやPadletなどのクラウドツールなどを使えば、先生方がやりたい授業を実現することが可能です。
デジタル教科書がそうした機能を搭載することで、操作は複雑になり、どうしてもユーザーエクスペリエンス(UX)は悪くなっていきます。UXが悪くなるにつれて、先生方も児童生徒も使わなくなってしまいます。それに、おそらく先生方も子どもたちも、「わざわざデジタル教科書でなくても、〇〇(Googleドキュメントでも、ロイロノート・スクールでも、好きなサービスを入れて読んでください)でやればいいか」となると思います。使い慣れているツールで思考も表現もできる方がいいのではないですか。
教科書の強みは、あくまで教科書の紙面に掲載されている正統性のある「コンテンツ」だと思います。先生方も児童生徒も授業のなかで使えるようになってきているツールと教科書を接続するために、教科書の強みである「コンテンツ」をデジタル化して拡張するべきだと思います。
デジタル教科書のコンテンツを、すでに児童生徒が使っているツールに簡単にコピー&ペーストなどで活用できればいいと思います。紙の教科書だとページ数の都合でどうしても入れられない問題群を、外部コンテンツとして副教材的に活用できるようにしてもいいと思います。学習ログと連動させやすいように学習指導要領コードなどを活用することもできると思います。教科書会社以外のサードパーティーの教材コンテンツと連携させて教科書準拠の質をより高めるのもいいと思います。
まとめ:再度、デジタル教科書の「推進」のゴールはどこ?
教科書がどのような存在であるべきなのか、という「教科書観」をきちんとディスカッションして、そのうえでデジタル教科書がどのように活用されるといいのか、ということを考えたらいい、ということを書いてきました。
僕は、教科書がもっている「知識技能の伝達」「リファレンス」「習熟のための素材」「習熟トレーニング」の4つの役割を拡張してデジタル教科書を使った学びを推進していくことが、児童生徒の学び方をデジタルでアップデートすることに繋がると思っています。
デジタル教科書を使って、どんなふうに教科書の役割を拡張できるのか、それによってどんな授業を実現したいのか、それを考えていくことで、デジタル教科書の「推進」のゴール設定ができるのではないかと思っています。
政策を立案すること、政策を社会に実装することは大変な作業だと思っています。表に出ているところしか見ていない僕には抜けている視点もたくさんあるかと思います。でも、こうして発信することで、いろいろ教えていただく経験をたくさんしてきたので、書きました。こうして発信することも、デジタルによる「拡張」だと本気で思っています。
僕は、自分でできることを、自分のいる場所でやっていきたいと思います。
(為田)